温かいご支援に感謝申し上げます

東日本大震災の最近のブログ記事

8月1日 IHI重機株式会社より釜石支部に、CL35コンパクトトラックローダが3台とどきました。

これは、IHI重機株式会社の支援として1年間無償でリースして頂けるもので、ガレキ撤去作業に有効に使用いしたします。

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取扱説明を受け、引き渡しを完了しました。

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第3回高田市へのボランティア活動

 今回第3回目(前回6月11,12日の2回活動)となる高田市へのガレキ処理ボランティア活動を当支部と一関市水道工事業協同組合の2団体で約170名が参加活動いたしました。前回含め延べ520名が活動

 作業場所は、高田市米崎町国道45号線沿いのすでにガレキ処理をした平坦地の田畑で、主に草刈り作業です。
また草刈り作業周辺のガレキ収集も行ないました。
各社草刈機、燃料他持込、各班にわかれ作業。

作業区域は全体はどの位の広さでしょう?  結構な広さです。
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 気温 32度超? どこも暑いです。
午後には、にわか雨にしては強い雨が降りました。
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背丈ほどまで草が伸びているところもありました。
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川沿い周辺も作業
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一輪車でのガレキ運搬作業
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草刈り終了後です。
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千厩支部では陸前高田市のガレキ撤去作業の応援要請を受け、4月25日より陸前高田市内のガレキ撤去作業を行っております。東日本大震災から4カ月が経過した陸前高田市内のガレキ撤去状況を確認してきました。

市内中心部はかなり片付いる印象を受けました。反比例してガレキの仮集積場はかなり積み上がっています。

市内中心部では建設機械の数も減り、本当に何も無くなってしまったことを実感しました。
千厩支部会員の多くは、市内中心部から移動して小友地区で作業を行っているとのことでした。広田地区に入っている会員も少数ですがいるようです。

陸前高田市


ガレキの撤去が進み、土砂撤去のためにフォーク(ハサミ)から通常のバケットに付け替えたバックホウが増えています。堆積している土砂はかなりの量です。
陸前高田市内


奥に残る鉄筋コンクリートの建物も全て破壊されています。解体撤去になるものと思われます。
陸前高田市内


殺風景になった風景を見ていると、何もかも流されてしまったことを痛感します。
陸前高田市内

陸前高田市内


作業しているバックホウの横に長い棒などを持った警察の方々がいました。未だに遺体捜索が続いています。
陸前高田市内


ショッピングセンター「リプル」があった場所がガレキ仮集積場の一つになっています。中では人手による分別作業が始まっていました。重機やダンプなどとの接触事故が危惧されます。
リプルの仮置き場



小友地区での作業です。未だに多くのガレキが残っています。"ぬかるみ"での作業のため、クローラダンプで運搬作業を行っています。
小友地区

小友地区




予定より2ヵ月早く、7月10日に開通した気仙大橋の仮橋です。この開通により国道45号線は全線が通れるようになりました。気仙沼市と陸前高田市を結ぶ大動脈であり、流通の迅速化が期待されます。
迂回路となっていた国道343号線の渋滞が緩和したそうです。また、国道45号線では信号機が動いていました。気仙大橋の仮橋開通により、交通量が増えた為だと思われます。


左に見えるのが3月11日の津波により落橋した気仙大橋の橋脚です。
気仙大橋仮橋


橋の歩道から反対側の海を眺めると一本松が見えました。高田松原に7万本あった松林のうち、奇跡的に1本だけ残った松です。この穏やかな海が、丈夫な橋をも飲み込む程に荒れたことが今でも信じられません。
一本松


奥に見えるのが高田松原野外活動センターと道の駅付近のガレキ仮集積場です。膨大な量のガレキが積まれています。以前は多くのダンプがガレキを運び込んでいましたが、飽和状態なのかガレキの搬入は行われていませんでした。
ガレキ集積場道の駅



国道45号線を南下して、途中一部供用している三陸自動車道を通り、気仙沼市内に向かいました。気仙沼市内に入ると、交通量がかなり増えます。気仙沼市は海岸沿いを除いては被害を免れた地区も多いため、多くのお店が早くから再開していました。日常が戻りつつあるようです。

陸前高田市と気仙沼市は地図上は隣接していますが被災状況にはそれぞれ特徴があり、一律の復興策が通用しないことが分かります。現場を見ることの大切さを改めて実感しました。

宮古よりガレキ搬入

 6月17日より、宮古市宮古港出崎埠頭仮置場のガレキを岩泉町小本港へ海上運搬、その後小本港背後二次仮置場へ陸上運搬しています。
また、出崎埠頭からは大型ダンプ約20台で陸上運搬も同時に行われております。
 8月から宮古市魚市場の本格復興が見込まれ、早期搬出をする必要が生じた為、7月10日頃を目処に作業を進めております。
 
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  海上運搬

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海上運搬

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陸上運搬

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小本港~背後へ運搬

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仮置場区画

震災から4カ月!

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あの寒かった震災の日から、アッと言う間の4カ月。景色も気候も、既に真夏。家屋解体も進み基礎部分だけが淋しく残る、。
魚市場 隣の仮置場の瓦礫は、来月の魚市場再開前に他地区へ搬出。それも終了間近!

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破傷風の予防接種

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東日本大震災による釜石支部会員の復旧作業に協力している従業員に対し破傷風の予防接種を行った。

料金の半分を釜石支部負担することで多数の接種を呼びかけた。

ワクチンが不足したため、2回に分けて行った。

釜石支部会館を接種会場とし、1回目の6月23日には156名が接種し、2回目の6月30日には194名が申込んでおり、合計で350名を予定している。

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東日本大震災をふりかえって

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平成23年3月11日の東日本大震災により、当然のごとく釜石もライフラインがストップした。

後の調査で会員企業の事務所は19社被災され、流失した重機はリースも含め139台にもなっていた。

翌日、携帯電話も通じないこの様な状態の中、翌日には会員数社が土木部に 集合し、まずは、生き残った重機を一か所に集め、復旧の段取りをした。

鵜住居地区の会員数社は、連絡し合い翌日には、地域道路の復旧を開始してくれていた。

沿岸広域振興局の要請で、近隣の遠野支部復旧支援チームも駆け付けてくれた。

釜石のスタンド半数以上が流失し、重機の燃料が手に入らず、遠野チーム用の給油ローリーより分けて頂く事が出来て助かった。 数日後には、釜石支部優先のガソリンスタンドを確保し、一か所にダンプを並べ、ローリーで給油した。その後、現場を回って重機にも給油するようにしたが、それでもまだ遠野チーム の燃料を必要とした。3月21日からは、オイルターミナルより2台のローリーで給油出来る事となり、現場の案内役として2名を貼り付け、5月14日まで給油して回り、それ以降は各社での給油をお願いした。

 

 釜石港の津波の様子

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津波が去った後の釜石

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翌日から沿岸広域振興局での復旧対策会議

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6月15日より 土木部の縦覧室を借りて釜石支部の災害対策本部を置いた。 (釜石支部事務所はライフラインがストップしていたが、振興局には発電装置が有り、衛星電話当の連絡手段も有った。)

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3月29日 釜石支部事務所に災害対策本部を移動し、支部独自に又土木部及び釜石市との対策会議等行っている。

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朝礼並びにラジオ体操

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河川のガレキ撤去作業

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道路等のガレキ撤去作業

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ガレキ置き場の様子

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釜石のメイン通りは、ガレキ撤去修了済。 (港から駅方面)  

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市役所通り ・ 大型船

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東日本大震災支援

東日本大震災で、盛岡支部会員が自衛隊の行方不明者捜索を支援しました。

 支援重機 バックホー(グラップル付)18台
 ダンプトラック           20台
 出動期間   4月5日~4月26日
 出動場所   宮古市田老 宮古市鍬ヶ崎 山田町大沢
 
 見渡す限りの瓦礫の中で行方不明者捜索のため瓦礫の撤去を行ないました。作業中に犠牲者の遺体も発見されています。

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社団法人岩手県建設業協会のホームページに「東日本大震災への取組」を掲載しました。

会長メッセージ、協会の取組、被災状況等を掲載しております。今後、更に掘り下げた内容を掲載して行きます。

復興祈念鯉のぼり掲揚事業

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支部長が後援会長を努めるNPO法人劇団ゆう が復興祈念鯉のぼり掲揚で地元の子供たちの激励を行った。

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