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  • 第17回インコと娘の涙-1

    2009年11月26日花林舎

    花林舎動物記
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。この「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。今回は第17回「インコと娘の涙-1」です。

    第17回インコと娘の涙-1

    こんなにもなつくものか
     これはもう20年近く前の話です。
     次女が中学生の時、友達からインコを1羽もらってきました。スズメくらいの大きさでよく人に慣れた、いわゆる〝手のり〟の鳥です。それでもはじめのうちは少し私たちを怖がっている様子が見られましたが、日が経つにつれて動作が落ち着いてきて、安心した様子が感じられるようになってきました。当時私は小岩井農場を辞めて、造園の設計事務所を設立し2~3年経ったころで、家にいることが多かったため、インコの世話はほとんど私がすることになりました。もらってきた次女は全くと言ってよいほどインコには構わなくなりました。部活などもあって昼間は家にいませんから止むを得ないことだったと思います。
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     すっかり慣れてしまってからは、籠から出して事務所の中で自由に遊ばせていました。籠に戻るのはえさを食べるときだけです。たまに糞を落とすこと以外には特に迷惑なこともありませんでしたが、一つだけ困ったことがありました。遊びなのか何か意味のあることなのか分かりませんが、紙を咥えて端から噛んでいくのです。実に見事に同じ間隔でカチカチカチカチと噛んでいきますのでちょうどミシン目のように紙の端にくちばしの幅の三角形のギザギザができます。不要な紙であれば「おお、上手、上手」と褒めてやれば済むのですが、参考書でも報告書でも辞書でも手当たり次第噛んでしまうので参りました。自然界にはこんな紙など無いわけですから、人間とかかわるようになって覚えた新しい遊びなのでしょうか。一度に長時間やることは無く1枚か2枚やるとやめてしまうのですが、油断しているとまたやられてしまいます。
     こうして毎日一緒にいると、インコはますます私になついてくるのでした。もともとは野に住んでいた鳥がこんなにもなつくものかと驚くほどでした。ある時、私の肩から胸元に移ったと思ったら、なんと襟元からヒョイとシャツの中に入ってしまいました。そして少しだけ頭を出してシャツに足をかけ、背中は私の裸の胸に触れてじっとしています。これは暖かいしすごく安心できるらしく、一度覚えてからはしょっちゅう入ってきました。特に寒い季節にはこんないい場所は無いと言う感じで入り浸りでしたから、可愛いやら困ったやらでした。犬や猫ならともかく、鳥がこんなにも人になつくのかと私は強い感慨に打たれました。

    インコの寝場所
     インコはそのうちもう一つの寝場所を見つけました。そのころ私は1着の背広を捨てようかまだ使おうかと迷っていて、事務所の隅の方にぶら下げていたのです。
     当時私はほとんどの仕事が東京の知人の設計事務所の下請けで、時々東京に出かけていました。造園に関する野外調査が主な仕事でしたから、団地や公園を歩きまわったり、あるいは山や海岸の植生調査をするかと思えば、役所に行って打ち合わせや報告をすることもあります。東京の事務所で報告書の原稿を書いている日もあります。夜遅くまで仕事をしますので歩いて5~6分の所に宿泊所がないと不便ですが、あいにく近くにビジネスホテルが無かったものですから、たいていはカプセルホテルに泊まっていました。
     カプセルホテルと言っても泊まったことのない人が多いと思いますが、1人分のスペースは90センチ×180センチで押し入れの大きさと同じです。2段になっている点も押し入れと同じです。このスペースに蒲団が敷いてあり、それでいっぱいです。カーテンを引くと中は見えないようになりますが、音は遠慮なく入ってきます。私は難聴なので音で悩まされることはありませんでしたが、健常者は時に困ることもありそうです。持ち物はロッカーに入れておきます。風呂は銭湯のような共同の風呂です。
     こんな所に1週間も泊まるのですから、着替えなどはできるだけ少なくしないといけません。そこで私はどこへ行くのも1着の背広で間に合わせることにしました。父の遺品の中にツイードの背広があり、それをもらったのです。ツイードと言うのはご存じのように厚手の丈夫な生地で、ラフな街着にもなるし、やぶの中をこぎまわっても破れません。
     夏の暑いころ以外はどんな場所へ行くのもこの背広で通しました。冬もコートなど着ません。こうして春も秋も冬も、どこへ行くにもこの背広で過ごして3年くらいたったある日、ふとぶら下げておいた背広に目が行くと、まるで頭陀袋のようにだらしなくすっかり形が崩れてしまっているのに気づきました。イギリス生まれの質実剛健なツイード生地もついにギブアップしてしまったのです。
    kari091126-2.JPG 私は背広がそんな状態になっているとは知らずに、来る日も来る日もこの1着の背広を愛用してどこへでも出かけていたのですが、ある時事務所の若い所員がやって来てニヤニヤしながら「この間若い社員の会で話し合って我社のワーストドレッサーを選定しました。野田坂さんがめでたく第1位になりましたのでお知らせします」と言うので「へー、他にはだれが選ばれたんですか」と聞くと、「○○さんと××さんです」と答えたので「うん。その2人は納得できるけど私はスタイルもいいし、そんなに変な格好もしてないと思うけどなあ」と異議を唱えてみました。すると彼は「だって野田坂さんは気温20度の時も5度の時も同じ服装ですし、やぶをこぎまわった後でそのまま役所の打ち合わせにネクタイもしないで行くじゃありませんか。TPOが滅茶苦茶ですよ」と反論するのです。「TPOって何だい」と聞くと「'時,と'場所,と'状況,に応じて服装を変えることです」となんて常識の無い人だろうとあきれたような顔で答えたので、「私はどんな場所でもたいていの状況には適応する服装をしているつもりなんですが」と弁明すると、驚いたような顔をして行ってしまいました。
     その後、私がワーストドレッサーから外されたのかどうか報告は無かったのですが、頭陀袋のような背広に気づいた時は私も内心彼らの選定を認めざるを得ませんでした。
     家に帰ってきてさすがにもうこの背広は捨てようと思ったのですが、替わりに着るものが無いのです。それで迷って事務所の隅にぶら下げていたら、なんとインコが胸ポケットにはいりこんで夜のねぐらにしてしまいました。暖かくて気持ちがいいのでしょう。それで私もようやくこの背広を着ることをあきらめて、インコの寝場所として提供することにしました。


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