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  • 風景と樹木 第12話「オニグルミ」

    2011年3月01日花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     今回から「花林舎動物記」はふたたびお休みとして、『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    オニグルミ

    日本で一番うまい餅―クルミ餅
     九州出身で今は東京に住んでいる友人のH君がわが家に遊びに来た時、妻がクルミ餅を作って出した。H君は初めてクルミ餅というものを食べたそうだが、その美味に驚き、何度も「こんなうまい餅は食べたことが無い」とくり返した。その後東京で会ったときも「あの餅をぜひまた食べたい」と、美味しい中華料理を食べながら言うのであった。
     今から50年近く昔、日本人の大半が貧しかったころだが、正月だけはわが家もご馳走のオンパレードだった。冬には来る日も来る日も干した大根葉の味噌汁と、漬物とわずかな魚だけの食事だったから、正月の待ち遠しかったこと。あの楽しさをまた経験するために、昔のように貧窮の生活に戻った方がいいかもしれない、と夢想することさえある。
     正月の主食は言うまでもなく餅。ずい分たくさんついたが、雑煮はたいてい1回だけで、主な食べ方はアンコ餅、キナ粉餅、時々ゴマ餅、クルミ餅。一番簡単な食べ方は砂糖に醤油をかけたものに餅を浸して食べる砂糖醤油餅。甘い餅に飽きると海苔を巻いて食べた。
     アンコやキナ粉は作り置きができるから楽であるが、ゴマ餅とクルミ餅はそのつどすり鉢で擂ってタレを作らなければならないから、あまり食べなかった。クルミ餅は特に手間がかかるため、おいしいけれどもたいてい正月の間に1回しか作らなかった。
     クルミ餅を作るには次のような作業が必要なのである。クルミの殻を割る→中の白い実を取り出す→殻の破片を取り除く→実をすり鉢で擂る→味付けをする。
     オニグルミの殻は固くて子供では無理で、大人でも女性ではなかなか割れない。左手に軍手をはめて親指と人差し指で殻を持ち、平らな石の上に置いて金鎚を打ちつけるがうまくパカッと半分に割れることは少なく、たいてい力を入れすぎて、グシャとつぶしてしまう。こうなると、実もつぶしてしまうし、殻の小さい破片が混じってしまい、取り除くのに苦労する。たまに大きい実が取れるとすばやく食べてしまうのが楽しみだった。殻割りが終わると、中から実を取り出す作業に移る。細い釘や爪楊枝などで殻に詰まっている実をほじくり出すのである。
     次に、取り出した実を盆の上などに薄く広げて殻の破片を探して取り除く。破片が1つでもあるとすり鉢で擂るときガリガリとなるから徹底的に探す。ここまでの作業を一人に任せると、何故か大きい実がかなり消えてしまっていることがあるので、何人かで共同でやらなければならない。
     後はすり鉢でよく擂りつぶし、水を加えて適当な濃さにして、砂糖と醤油で味をつけるのである。できるまで半日かかる上、かなりの量の殻を割ったつもりでも出来上がるタレは意外に少なく、家族全員に充分行き渡らない程度のクルミ餅しかできない。だからたいてい正月の間に1回しか作らなかったし、それだけにますますおいしいもの、という思いが募るのである。

    樹姿は整っているのに使われない訳は...
     オニグルミは川や沢に近い湿った土壌のところに生えている。石ころの川原にはヤナギが多いが、泥の溜まった河川敷にはオニグルミがよく見られる。北上川の花巻の方の河川敷で行けども行けどもオニグルミ林という所に迷い込んだことがある。
     日本にはクルミ科の樹木はオニグルミとサワグルミの2種しか自生していないがサワグルミの実は食用にならない。
     オニグルミはやや扁平な球形の整った樹形になり、遠方から見た樹姿は美しい。盛岡から秋田に向かう国道46号の滝沢村大釜の付近に、国道と堤防の間に樹高10メートルくらいの木が立っているが、これがオニグルミである。実に整った形のよい木である。堤防をつくるとき、よくぞこの木を残してくれたものだと思う。それとも後で生えてきたのだろうか。ここを通るドライバーでこの木の姿に心を奪われる人は多いと思う。

    オニグルミ
    国道46号沿い、
    滝沢村大釜の付近に立つオニグルミ。
    樹形の整った実に美しい木である。


     しかし、造園家がオニグルミを植える、ということは皆無に近い。私自身30年以上造園の仕事をしてきて、オニグルミを設計に入れたことは1度も無いし、他人の設計でも、またどこかの現場でもオニグルミを植えてあった、という経験は無い。その理由はオニグルミの木に近寄って行くとわかる。オニグルミの葉は光沢が無くザラついていて薄汚い。
    観賞用樹木というと花や実や秋の紅葉の美しさばかり注目されるが、よく考えてみると葉が美しい、少なくとも汚くない、ということはそれらにも増して必須条件なのである。なぜなら、花や実や紅葉の観賞期間は数日から長くても2~3週間であるのに対し、葉は北国の落葉樹でも6カ月は着いているし、常緑樹なら1年中である。
     他に美点があるにも関わらず葉が薄汚れて見えるために観賞樹木として使われないものとしては、たとえばクサギとヌルデがある。クサギは名前でも損をしているが、夏には薄いピンクの花、それに続いて珍しい青緑色の実が着いて美しいのに、葉に薄い産毛のような毛があって、薄汚れた感じを受けるために花木として植えられることがほとんど無い。
     ヌルデは光沢の無い暗灰緑色のザラついた感じの葉のために、秋の真っ赤な紅葉の美しさが強烈に目立つのに、植えられることが無い。

    水車小屋のそばに
     それならオニグルミは修景木としては全く見所の無い樹なのか、と言うと、こんなことを書いた人がいる。「山里の水車小屋を取り囲む樹林にはオニグルミがぴったりだ。いや、川辺にそびえる1本のオニグルミで充分だ。夏にはまた丸い緑の房がもう重たげにぶら下がっている。...」(倉田悟・濱谷稔夫『日本産樹木分布図集Ⅰ』)
     これを読んだときは「うーん、そうか。何も美しいだけが修景ではないのだ」と自分の未熟さを思い知らされた。なるほど、言われて見ればオニグルミの木の控え目で浮ついたところの無い樹姿、長年太陽の直射と風で渋茶色になった農夫の肌のような趣のある葉のテクスチュアーは山里の風景を象徴するかのようである。まことに水車小屋によく似合う。
     観察を深め、その木の本来育っている所をたくさん見て歩くことによって、風景の中に占めるその木の役割もより適切に把握できるのだ、ということをこの文から教えられた。

     ところで、外来種であるが、「菓子グルミ」とか「手打ちグルミ」と呼ばれるクルミがある。この木の葉は光沢があり明るい緑で樹形はやや立性の球形である。これは広い芝生のような洋風の風景にも合う。実を食用とするために植えられるが、そのまま修景木ともなる。



    「風景と樹木」バックナンバー
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    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」