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  • 風景と樹木 第13話「シロヤナギ」

    2011年7月06日花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     「花林舎動物記」等の外部投稿はお休みしておりましたが、連載を再開いたします。今回は『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    シロヤナギ

    花は紅、柳は緑
     ヤナギといえば、決まって思い出す言葉が二つある。
     一つは「花は紅、柳は緑」で、もう一つは岩手県人なら誰でも知っている石川啄木の有名な短歌「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」である。
     「花は紅、柳は緑」は元々中国の言葉であることは想像できたが、どんな意味なのかは分からなかった。わからないのに良い言葉だと思っていたが、先日辞書を引いて調べてみた。すると、「当たり前のことを指す表現」とある。なるほど、そのとおりである。
     ヤナギの仲間は世界中に広く分布しているが、どちらかというと寒い地方に多い。私の住んでいる岩手県中部の河川敷にもヤナギは多い。雪が消え、寒風が吹く日が少なくなり、暖かい陽射しが漏れる日が増えてくると、川原の木々がボーッと緑色に煙ってくる。ヤナギの芽吹きである。これを見ると、なるほど〝柳は緑〟、だと思う。真に単純明快、素直な表現で春の到来を喜んでいる。この言葉は中国でも北の地方で生まれたのではないかと私は想像している。
     余談ではあるが、「花は紅」の花は何だろう。春早く咲く赤い花、寒い地方ならアンズ、少し暖かい地方であればモモかな、と推測したが、中国に住んだことが無いので、分からない。

    陽光に透けて揺れるシロヤナギの葉。
    陽光に透けて揺れるシロヤナギの葉。

    川原のヤナギ
     盛岡には北上川、雫石川、中津川、簗川などが集まっているが、雫石川の川原がもっとも広い。今は上流にダムができたために大洪水が起こることはきわめて稀になったが、本来川原というものは何十年かに1回の大きな洪水のときには破壊され形を変え、その時には生育していた植物は押し流されて消失し、新たにできた裸地の上にヤナギを優占種とする植生が浸入してくるのだそうである。川原が時々破壊されることによって成り立つ特有の生態系が存在するのだそうだ。地盤が安定している方が植物にとって有利だろうと思っていたが、時々破壊される状態を利用している生物が居るというのだからおもしろい。
     ヤナギは種類が多い上、雑種ができやすく、どれもよく似た葉形をしているし、また花が咲いているときには葉が無く、葉が出てくる頃には花が無いため種の判定が難しい。しかし、幸いシロヤナギは見分けやすい。というのは、大抵のヤナギは大木にはなれないのにシロヤナギは堂々たる大木になるからである(逆にいえば、まだ小さいシロヤナギは判別しにくいが、植物の専門家以外にはそれは問題にならない)。

    盛岡市の開運橋から見る、北上川河川敷に立つシロヤナギ。
    盛岡市の開運橋から見る、北上川河川敷に立つシロヤナギ。


    啄木が歌った風景
     盛岡でもっとも知られたシロヤナギは、北上川にかかる開運橋から上流側100メートルほどのところの河川敷の中央に立っている数本の大きいヤナギであろう。岩手山を背景にして4月中旬から5月初めの新緑の頃が最も美しい。
     このヤナギは河川改修の際に切り倒されることになったが、当時の盛岡市長・工藤巌氏の要請によって伐採を免れたと聞いている。工藤氏は文化や自然を守ることに力を注いだ市長であったが、逆にいえば氏の心をゆさぶるほどの魅力をこのヤナギの風景が持っていたということになる。
     シロヤナギは岩手県では各河川や湿地に数多く存在していて、その姿の美しさは特に話題に上ることは無いが、無言の内に大勢の人々に感銘を与えているのである。
     啄木が「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」と歌ったヤナギは、多くの種類が交じり合って生育していて、春になると緑の霞のように芽吹いている様を表現したものと推測されるが、川原の風景をしっかりと観察していたら、それらのヤナギの中にぬきんでて丈の高いシロヤナギが強く印象に残ったに違いない。

    柔らかく優雅な樹姿
     シロヤナギは幹が途中から数本の太枝に分かれて四方に広がり、ほぼ球形の樹形になる。葉は細く小さく葉裏は白い。大木になると太い幹がどっしりとした風格を示すが、明るい葉色と小さい葉、多数の細い枝が構成する樹姿は柔らかく優雅で穏やかである。
     早春、葉に先立って薄黄色の花が樹冠を覆い遠望すると微かに黄色の光を放っているように見える。もっとも、これは雄木だけに見られる現象らしい。ヤナギは雌雄異株である。
     美しい樹姿にもかかわらずシロヤナギが造園樹木として植栽されることは無い。あるいはきわめて稀である。イギリスやアメリカの造園植物の本を見るとかなりの数のヤナギ類が掲載されている。わが国の造園書には中国から渡来したシダレヤナギが載っているだけである。私はここにも日本文化が暖地中心であることの影響を感ずるのである。
     川辺のヤナギというとネコヤナギだけが取り上げられるが、風景を造るヤナギとしてはシロヤナギの方がはるかに重要である。皆さん、シロヤナギに注目!




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    第8話「ベニヤマザクラ」
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    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」