井上ひさし氏の小説で一躍有名になった「吉里吉里国」それは、岩手県上閉伊郡大槌町にあります。
当時、地方自治体は、町おこし、して独立国家宣言をした町です。この度の震災で、このミニ独立国も大きな被害に見舞われました。
遠野支部と遠野農林センターと会員企業は、震災にあった上閉伊郡大槌町吉里吉里の被災地に、4月1日から入浴施設を提供しております。
この設備は、遠野農林センター所長様より被災地へ薪ボイラーの活用の提案があり、さっそく支部会員企業のご協力も戴き、車両2台に貯タンクを2槽据付、ボイラーと直結シャワーも使えるようにして稼働させました。
設置後、少し経過してから現地を訪ねました。町民のご意見を聞きましたところ、1ヶ月も水道が出ないので入浴する機会も少ない状態でしたので、そのような薪ボイラ―を提供していただき大変ありがたいと申しておりました。どうも、どうもの大変の感謝でした。
では、この度の震災により被害を受けました吉里吉里は次の状況でしたす。
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大槌町、吉里吉里の町内被災状況です。
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この細い道路を走って避難したと思われます。三角屋根のが避難所の大槌町立吉里吉里小学校です。下の写真が拡大した避難所です。避難所には、そこそこの人達がいるようでした。
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遠野市の車両もありました。ボランテア協力隊と思われます。お疲れ様です
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上の写真に貯水槽2つセットしています。左のブルーシートは漁業に使用するイケスに水をいれております。水は、毎日自衛隊の方々が大きなタンクロリーで運んでいました。
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2時間で4000リットルのお湯を沸かせます。燃料が全部廃材で充分です
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1時間で300リットルのお湯を沸かします。家庭用の9浴槽分です。 どちらも、釘、カスガイ等が問題です。
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被災地の人は時折、手を休め子供とお話をしております
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上の写真は、最初にドラム缶のお風呂を提供し入浴された跡がありましたが、五右衛門風呂の感があります。
さっそくボラーで沸かしたお湯が、二つのドームの湯船に入れられます。上の写真は、左が男湯、右が女性の湯です。間もなく早い人は入浴に訪れますが、車で入浴に来る人もおり、NPO協力隊の話では、人数は数えないけど100人ぐらいは入りますと申しておりました。
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地域の被災者は暖をとりながら会議です。お話にはめて戴きまりましたが皆さんは前向きで手をたづさえ協力しながら後片付を行っているようです。地域のある人は、私どもの部落には、建設機械が重機とダンプ1台しか来ていませんと話しておりました。これでは復興が進まないと言っておりました。小生は部落の皆と相談して行政に相談をした方がよいのではとお話をしてきました。そのほか、被災に合われた方々は生まれた土地で、生活の糧となる漁業しか出来ないと話しておりました。いち早く、港湾の整備が望まれます。
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改めて、被災した皆様方にお見舞いを申し上げる次第です。
がんばろう!!吉里吉里
3月11日発生した地震による被災地を月末に訪ねて見ました。
毎日の被災地の報道により、協会支部にもC級会員の皆様方より電話、訪問などを受け何かしら支援をしたいとの申し出がありました。支部長は、次の日C級会員と二台の車両で現場に赴き、震災発生後の乗り込みからの経緯いと見通しについて説明致しておりました。
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C級の会員が現況を見ながら説明をうけておりました。 この写真の右側には、地元の業者1社がガレキ処理を行っておりました。 |
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上の写真の脇はこのようなガレキの山です。 |
上、下の写真は、遠野支部会員が撤去したあとです。上の写真は県道の赤浜(大槌の魚市場)方面に通じる道路です。 下の写真は町内の県道です。町内はこの道路1本しか通れません。 火災のため、焼けただれ茶色に錆がうきでております。
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大槌町の国道45のBPより町内に入るところからの写真です。ガレキと焼跡の残がいです。 |
上の写真が、国道45号のバイパスより入った古廟橋付近です。小槌川に架かっており、橋より下を除いて見ますと、川には車が沈んでおります。この橋より振り返ると大型SCマストがみえます。
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帰り足に国道45号に出て浪板海岸と同ホテルの被災状況の国道の復興されたところを見学、岐路につきました。 |
遠野支部では、3月20日過ぎ、人的支援を行うため会員企業にボランテア活動の協力要請をいたしました。各社では作業内容による範囲内でご協力しますとのことで会員各位のご協力をいただきました。
数日後、遠野市災害対策本部より支援要請がありました。遠野市には、たかむろ水光園という宿泊施設があります。この施設を利用して、被災された方々へ入浴のサービスを提供しております。支援要請は大型運転手の人員要請でした。支部会員のC級会の会員が買って出で戴き、交代をしながら毎日大型のバスで釜石に二往復し後方支援を行っております。
上の写真が水光園です。太陽熱とトロンシステムによるトロン温泉です。
某会社の専務ではないですか?支部青年部会長様ですね。早朝7時30分の出発でした。二台で行います。
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大型車両二台より70名ぐらの被災者の皆様が午前と午後に入浴に来ます。お話を伺いますと、3週間ぶりという人もいたようです。何せ、お風呂は遠野と釜石の製鉄所にあるだけです。 |
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お帰りの写真です。赤い洋服を着た人が釜石から来た引率者で点呼を取っております。皆、サパリしたようでした。感謝、感謝でした。帰りには、仕訳けされた食べ物(カップラーメン)などが入口でほしい人に配布しておりましたが、貰ってくれる人は少なかったです。 |
被災地の環境は、まだまだ大変のようですが、皆元気で前向きでした。 がんばろう!東北
震災から一カ月ちょっと、当日の壊滅的な被害の受けた田老地区の、津波の写真を入手することが出来た。
震災から、あっという間の一カ月。道路は確保されたものの、自衛隊の遺体捜索が続く中では民地の瓦礫搬出には手をつけられず、それでも瓦礫置き場は既に満杯状態。仮設住宅は着工はしたものの、断熱材の不足で思うように進捗せず。
岩手県建設業協会では4月4日(月)岩手県と東北地方整備局岩手河川国道事務所に対して以下のとおり要望をしてきました。
被災された事業者は地域の復旧に努力しており、内陸部の会員においても復旧・復興に向けた万全な体制を整えているところですが、建設産業全体としては、工事中止や契約保留のため、資金繰りに窮している企業も少なくない状況にあり、沿岸地域においても、震災により多くの事業所が休業などを余儀なくされています。
このことから、地域にとって雇用機会の創出や確保が課題となっており、今回要望することとなりました。
岩手県への要望
1 復旧活動に支障を生ずる恐れのない工事については、中止や契約保留の措置を緩和していただきたいこと。
2 被災した企業に対する運転資金・設備資金を手当するための制度資金の創設や拡充をお願いしたいこと。
3 復旧事業への地元建設業者等の優先的発注をお願いしたいこと。
4 復旧に係る資材の調達に当たっては、地元業者を参入させていただきたいこと。
5 金額や工事期間にかかわらず、全ての応急復旧工事を前金払(中間前金払)制度の対象にしていただきたいこと。
6 がれきの撤去作業の経費については、作業上の拘束及び待機の時間を勘案のうえ積算していただきたいこと。
7 工事一時中止期間については、工期延長をお願いしたいこと。
8 津波によって流失した建設機械及び自動車等については、契約上の不可抗力による損害扱いとして頂きたいこと。
9 被災にあった工事については、出来形確認を行い、部分払いで対応願いたいこと。
10 復旧活動に支障が生じない範囲での、震災に直接関係しない内陸部等における
工事の発注をお願いしたいこと。
岩手河川国道事務所への要望
1 復旧活動に支障を生ずる恐れのない工事については、中止や契約保留の措置を緩和していただきたいこと。
2 復旧事業への地元建設業者等の優先的発注をお願いしたいこと。
3 工事一時中止期間については、工期延長をお願いしたいこと。
岩手河川国道事務所へ要望
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岩手県へ要望
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※写真は日刊岩手建設工業新聞社より提供頂きました。
千厩支部の室根町地区会員5社(小野寺建設、加藤興業、岩辰、佐藤建興、山喜建設)は3月14日から気仙沼市で給水活動を実施しました。3月25日からは当支部青年部会(33社)が活動に加わり、県の枠を超えてボランティアで気仙沼市内の給水所に水を運びました。
3月11日に発生した東日本大震災により気仙沼市においても甚大な被害がありました。津波や大規模火災により、市内の多くの部分が壊滅状態となっています。
一関市は気仙沼市と接しており、特に室根町地区の方々は買い物や通院、通学、通勤、各種交流などで気仙沼市は古くから生活圏となっております。
この様なことから当支部の室根町地区会員の方々が被災した気仙沼の為に何か出来ないかと現地に出向き、断水で苦労している現状を見て給水活動を始めました。当初は、独自に活動していましたが、活動を知った気仙沼市が水や燃料の手配を行うようになり、市と合同で活動を行いました。
3月14日から休みなく続けているボランティア活動に対して25日から当支部青年部会が応援として加わりました。4月2日からは気仙沼市からの要請により一関市が給水を行うことになり、4月1日に19日間のボランティア活動は終了しました。
3月28日、一関支部と千厩支部合同で大船渡支部へ支援物資を輸送しました。復旧活動で多忙にもかかわらず、大船渡支部の金野支部長、紀室副支部長、中澤副支部長、鈴木事務長に出迎えて頂きました。一関支部からは佐々木支部長、須田副支部長、菅原副支部長、千厩支部からは横田理事、後藤青年部会長、(株)山友建設社長、支部事務局が現地に向かいました。
25日に一関、千厩の両支部長と大船渡支部長が会談した際に「復旧作業に使う燃料が不足しており、ドラム缶も足りない」という現地の状況が伝えられました。この様な状況を鑑み、支援物資は復旧作業で重機の燃料として必要となる軽油2000Lをタンクローリーで運び、ドラム缶10本も持参することになったものです。
当日は現地の復旧作業拠点にタンクローリーで軽油を輸送し、持参したドラム缶10本に移し替えました。また、両支部に会員企業から寄せられた支援物資(毛布、タオル類、りんごジュース等)を大船渡支部会館に運びました。
支援物資の搬入終了後に3支部で情報交換を行いました。金野支部長より「代表者をはじめ、多くの従業員が家を流されているので支援物資を多くの方に配布したい」と御礼の言葉を頂きました。
≪情報交換での主な内容≫
・地震による被害はゼロと言っていい。全て津波による被害だ。
・第1波は20cm程度で、その後20m近い波が来た。
・チリ地震の時はJRを超えなかったが、今回は国道45号線が被災ラインとなった。
・大船渡湾の港湾防波堤が無くなった。
・落橋被害も多い。
・大船渡では木工団地から何千本の丸太が流されている。
・陸前高田では子供の遺体が多く、消防団員などは心を痛めている。
・高田高校の生徒100人以上が不明になっている。
・ガレキ撤去を行うオペレーターは遺体を損傷しないよう気を使って作業している。
・現在は道路が通って来て、今後本格的にガレキ撤去作業に入る。
・ガレキの置き場所は検討に入っている。ただし、大船渡市は土地がない。
・太平洋セメントでガレキ処理を行う予定だが、分別して持ち込まなければならないようだ。
・陸前高田市は先が見えない状況だ。
・現在は国交省が入って来ている。三陸縦貫道の大船渡IC以北では段差などの被害がひどい。
・沿岸の復旧分の予算は国が全面的にみるようになるのではないか。
・内陸は発注がストップしている。今は工事中止になった分が動き出している。今後が見えない。
震災から2週間となる3月25日、一関支部の佐々木支部長と千厩支部の小山支部長が被災地の状況把握のために大船渡支部を訪問いたしました。
一関市大東町から国道343号線で陸前高田市に向かいました。海から約5kmはある矢作地区の下矢作に入ると津波の爪痕があり、国道340号線に右折した竹駒町地区は気仙川沿いにガレキの山となっていました。恐らく、この地区まで津波が襲うとは誰も予想していなかったと思われます。海から約5km程も離れた地区が一面ガレキの山であったことに大変なショックを受けました。遺体の捜索も行われていました。
竹駒町から山沿いの迂回路を通り、国道45号線に入り大船渡に向かいました。
大船渡にて岩手県建設業協会大船渡支部会館を訪問し、事務局から管内の状況を聞きました。その後、(株)明和土木で大船渡支部の金野支部長と会談しました。
金野支部長からは支部の体制や管内の復旧活動の状況などについて下記の様なお話しがありました。
「津波の被害ラインが大船渡線の高さだと想定していたが、その上を越え国道45号線だった」
「来週はじめには支部内に災害対策本部を設置したい」
「陸前高田市内の社屋はほとんどない。会員では1社の社屋が残っている」
「大船渡市内では最近になって市役所が陣頭指揮をとって復旧活動を進めている」
「3月工期の工事について、現場も破壊され書類もない中でも出来高払いがなされるよう行政に求めたい」
「水産会社から数件、再建の話があり、そういう話が増えてくれば復興に繋がると思う」
また、平成20年に「岩手・宮城内陸地震」が発生した際に災害復旧活動に尽力した一関支部の佐々木支部長に対して「災害復旧のノウハウを教えて欲しい」との要請があり、佐々木支部長は「事務的なことも含めて全て提供する」と快諾しました。
≪会員企業の状況≫
・会員企業45社のうち21社が社屋に被害があった。(12社が流され、7社はほぼ全壊、2社が1階部分浸水)
・4社の社長が死亡か不明となっており、従業員の死亡不明者も多数。
≪災害復旧の状況≫
・徐々に体制が出来つつある。
・現在は捜索活動が主に行われている。
・道路は徐々に枝線が通れるようになりつつある。
・ガレキ置き場は3カ所だけは決まっている。
・今後、遺体収容作業終了後、ガレキ撤去場所が確定して燃料が確保できるようになれば、本格的な復旧活動になる。
≪支援物資≫
・物資は栃木建設業協会等から本部を通じて届いており、足りてきている。
・燃料は不足している。特に軽油とドラム缶があると復旧活動には助かる。
この状況を受け、一関支部、千厩支部合同で3月28日(月)にドラム缶10本分の軽油、会員企業から提供を受けている毛布等を支援物資として届けることを決定致しました。
両支部長は、大船渡支部から災害復旧の応援要請が来た場合には優先順位を付けて最善を尽くして協力することを確認しました。
被災状況を把握のため、大船渡市内、陸前高田市内に入りました。現場を目の当たりにすると、言葉を失う状況で困難な復旧作業が待ち受けていると確信しました。
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震災から13日目。昨夕、インターネット回線、固定電話回線が復旧。何とかブログ更新をすることが出来るようになりました。
被災2日目に建設業協会宮古支部災害対策本部を大坂建設㈱に設置。
携帯も繋がらない、ガソリンも満足の供給されない状況で、車、スクーター、自転車などあらゆる手段を使って、振興局、市役所、会員を往復。
市役所も2階まで津波に襲われ、電気、水道、電話全てストップ。
16日(水)当地域の災害復旧にあたり、情報が交錯し混乱していることから、情報の共有と役割分担をすべく、岩手県、宮古市、電気、水道、大工、設備等の団体、資材商社、建設業協会で、宮古地区災害復旧対策連絡協議会を発足。
19日(金)姉妹都市である黒石市の黒石市建設業協会から支援物資が到着。会長自らトラック3台と軽油トレーラーを引き連れて来宮。
会員等の努力により応急道路が確保され、行動範囲が広がったが、そこにはよりひどい惨状が・・・。
重茂、田老、山田はまだまだ酷いというが、そこまで行く時間の余裕がないし、復旧より遺体捜索が優先されている。
まずは市内の電化製品、家財の搬出に、各社で地区割りを編成して行動開始。
津波の泥を被った事業所、民家からは運んでも運んでも次から次へと家財が公道へ出され、一向に進まない。