一般社団法人岩手県建設業協会の紹介及び建設業に係る情報、県内の地域情報等を掲載しております

  • ウェブ全体を検索
  • このサイト内を検索
Powered by Yahoo! JAPAN

遠野支部のご紹介

遠野支部最新情報は"こちら(ブログ)"

〒028-0541 岩手県遠野市松崎町白岩字畑中6-3
電 話:0198-62-7719 / FAX:0198-62-8421


大きな地図で見る

会員数:20社(平成29年4月28日現在)

(当地域のご紹介)
 太古に湖であった遠野、その歴史は古く遠い蝦夷の時代から郷内には集落があり、その後、平安期に大和朝廷の配下に治められ、鎌倉時代は,阿曽沼氏の治下となり、江戸時代には遠野南部氏の配下となり、明治期に出版された遠野物語によれば、当時の遠野郷が次のように記されている。「遠野郷は今の陸中上閉伊郡の西の半分、山々にて取り囲まれたる平地なり、新町、村にては、遠野町、土淵、附馬牛、松崎、青笹、上郷、小友、綾織、鱒沢、宮守、達曽部の1町10ヶ村に分かつ。近代或いは西閉伊郡とも称し、今日郡役所の在る遠野町は即ち1郷の町場にして南部家1万石の城下なり」と記されている。
 こうした歴史的背景のなかに、昭和29年の町村合併促進法に基づき、遠野市(遠野町、土淵、附馬牛、松崎、青笹、上郷、小友、綾織)と宮守村(鱒沢、宮守、達曽部)が誕生した。遠野市の新生期をたどるとその時代背景は、財政再建からはじまり、日本経済の高度経済成長期と重なり、行政と住民参加による農畜林業の振興、教育文化、そのほかあらゆる産業の相互関連を基調とした基盤整備が進められてきた。
 一方、宮守村においても歴史が古く昭和59年に宮守村達曽部の金取地区から5~8万年前の石器が発見され遠野盆地の入り口に人間が生活していることが証明された。当時の宮守村も山振法の適用と過疎法の指定村となり社会資本の整備、米転換と酪農振興及び工場誘致などが進められてきた。
 その後、時代の変遷により国の行政改革により平成17年10月に遠野市と宮守村が合併し新遠野市が誕生した。
 遠野郷にはこのように長い歴史があり「遠野物語」としてその地が知られ地域資源ともなっている。その物語には河童、山姥、座敷童、神隠しなどいろいろな物語が語り継がれており、伝承と町が共存しその地を訪れると深く心が惹かれます。
いま、遠野市は「永遠の日本のふるさと遠野」として新遠野市が誕生し、今日まで先人が築いた文化を継承し、合併により融合した新しいまちづくり計画と、遠野市の市民協働による市民の意向を反映させた総合計画が策定されました。計画の将来像は自然と共生しながら、人々が健やかに輝き、活力にあふれ、ふるさとの文化を育み、市民一人ひとりの郷土への誇りと愛着と熱意によって、みんなで築くふるさと遠野を目指すこととしております。
(支部の活動)
遠野支部は次のような活動をしております。
1.会員企業へ建設業環境等に係る時宜をえたセミナーの開催
2.若年者(主任技術者)現場見学会等の研修講習等を行なっております。
3.安全大会・安全パトロール・安全研修会等を開催し労働災害防止活動を行なっております。
4.市町村合併により、新遠野市と異常災害時における応急対策業務協定を19年1月10に締結致しました。