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  • 第18回インコと娘の涙-2

    2009年12月25日花林舎

    花林舎動物記
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。この「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。今回は第18回「インコと娘の涙-2」です。

    第18回インコと娘の涙-2

    壁の中のインコ
     私が事務所にいるときはインコはたいてい事務所の中に放しています。インコは私と遊ぶのが好きで、肩にとまったり、懐に潜り込んだり、机の上で紙をパシパシパシと噛んだり、鉢植えの植物を噛んだりします。私の周りから離れないので仕事ができません。そこで時々外の廊下に出しておくのですが、ドアのガラスのところから私の方を見て「入れろ、入れろ」と泣くので、ついついまた中に入れてしまいます。仕事が溜まっていて相手をしていられないときは、やむをえませんので篭に入れておきます。
     こんな風にインコはますます私に慣れてきて、多分もう外に出しても逃げていかないだろうと思えるようになりました。しかしこんな失敗(と言うのかどうか)もしました。ある日、家の中に放していたインコがふと気がつくとどこにもいません。風呂場の窓が開いていたのに気がつかないで放したので、外へ出てしまったのです。急いで外へ出て家の周りを一巡りしますと、嬉しいことに妻がすぐに見つけて「あそこにいる」と指差したのは隣家の庭木の上でした。
     インコは元からこのあたりを縄張りとしている野鳥のように落ち着いて木の上にとまり、毛づくろいなどしています。驚かさないようわずかに近寄り何気ない声で「ピーコ」と呼んでみました。するとインコは初めて気付いたというように顔を下に向けて、目玉をくるりと回して私の方を見ました。それから「なーんだ、あんたかい。しょうがないなあ」とばかりにふわりと飛び立って私の肩に降り立ちました。
     この年の11月、私たちは山の中の新居に移りました。インコにとっても新しい環境に変わったわけです。新居は冷え切っていてとても寒く、インコはしばらく篭に入れて暖かい場所に置いておきました。
     春になってから娘が「いくら懐いたといってもインコも1羽では淋しいんじゃないかしら」と言いだして、インコをまた1羽貰ってきました。新しいインコは前からいるインコほどは人に慣れてなくて、籠から出すとたちまちどこかへ行ってしまいそうでした。



     2羽になると前からいたインコも人間と遊ぶより同類と遊ぶ方がいいらしく、あまり私と遊んでくれなくなりました。小さい篭に2羽を押し込めておくのはかわいそうでしたが、家の中に放しておくと新入りの方がいつ逃げてしまうかもしれないので、出すことはできません。大きな入れ物を造ることにしたのですが、忙しいのとついつい億劫で延ばし延ばししているうちに、名案を思いつきました。
     花林舎動物記第1回「ナメクジ退治」のページに中庭の図がのっていますが、この中庭にインコたちを放すことにしたのです。面積は6畳間ほどもあり、透明な屋根までの高さは10メートル以上ありますから広さは十分です。ここに私の古い背広をかけてインコのねぐらにしました。
     ところがこの住み家は上の方が明るく下は薄暗いので、インコたちは上の方に飛びあがったきり下りてこなくなりました。いくら呼んでもインコ同士で遊ぶのが楽しいらしく私の方にはやってきません。私も世話をしなくてもよくなったので楽でいいのですが、たまには降りてきてくれたっていいじゃないかという気持ちもありました。
     ある日、3階の部屋にいる三女が「インコの声が壁の中から聞こえるような気がする」と言ってきました。エドガ・アラン・ポーの小説のようでぞっとしましたが、中庭に入って下から見上げると確かにインコはどこにも見当たりません。見る角度を変えて何ヵ所からも見上げてみたのですがいません。3階の部屋に行って壁に耳を当ててみると、オッ、確かに鳥の声がするではありませんか。見えないのでどこから入ったか分かりませんが、どうやら壁の板と板の間の隙間に落ち込んでしまったようなのです。
    壁の板の間に落ち込んでしまったインコ。 助けるには壁に穴をあけるしかありません。まだ建ててから半年しか経っていない新居ですが、見殺しにするわけにはいきませんから、このへんかなと見当をつけて穴をあけましたが1回目は外れでした。2回目もインコのいる区画に出会えず失敗でした。3つも穴をあけるのかと思いましたが、もう半ばやけになってあけた3つ目の穴がうまくいきました。
     インコたちは差し込んだ明るい光に誘われるように、ゆっくりと歩いて出てきました。真っ暗な狭い空間に閉じ込められて1日半飲まず食わずにいたのに、何事もなかったかのように元気でした。このときの穴は今もそのまま残っています。この後すぐ新入りのインコは油断したすきに逃げてしまい、また1羽だけになってしまいました。

    一粒の涙
     また1羽になったインコは前のように私にまとわりつくようになり、私は嬉しくもあり迷惑でもあり、です。このころ植物栽培用のビニールハウスを建てましたので、よくここに連れて行って放しておきました。冬でも晴れた日には暑いくらいになりますので、インコは喜んで遊んでいました。飽きるとまた私のところにやってきますので家に連れて帰ります。肩に乗せたまま30メートルほど歩いてくるのです。
     ある日曜日、私は娘たちにインコがどんなに私になついているか見せて自慢したくなりました。肩にインコを乗せてビニールハウスまで行き、外に出ても逃げないことを見せびらかそうと思ったのです。ところがこの日はインコは空高く飛べることを娘たちに見せたいと思ったようなのです。外に出るやいなや私の肩から離れてあっという間に家の屋根を超えてどこかへ飛んで行ってしまいました。
     予期せぬ行動に面目丸つぶれの私は慌てふためいて大声でインコの名を呼びましたが、もはや影も形もありません。がっくりしていると娘が「お父さん。あそこ」と言うので見上げると屋根の一番高い所にインコがいて悠然とあたりを見回しています。
     「うぬ、この野郎」と思ったのですが、じっと我慢して作戦を考えました。そして何気ないふりをしてビニールハウスの方に歩いて行きました。するとインコはさっと舞い降りてきて私の肩にとまったのです。こんなことがありましたのでインコはもうここから逃げてどこかへ行ってしまうということは無いという確信を持つことができました。
     このころ犬を連れて散歩に行くときはインコを肩に乗せて一緒に行くことがよくありました。とはいってもさほど遠くへ行くことは無かったのですが、秋も終わりのころ林の中の道を1キロほど歩いた時にはインコも野生の血が騒いだのか、飛び立って木々の間を飛び回りました。初めは近くを飛んでいたのですが、次第に範囲が広がっていってやがてどこかへ行ってしまいました。それでも私はそのうち帰ってくるだろうと楽観していたのですが、夕闇が迫っても姿を現しません。大声で何度も呼んでみたのですが戻りませんでした。
     冬もまじかのころでしたから熱帯生まれのインコには寒さがさぞかし応えるだろうと気をもみながら一夜を過ごしました。どこに行ってしまったか知りませんが、インコが岩手の冬を越せるはずはありませんから可哀そうなことをしてしまったなあと悔やまれてなりませんでした。
     ところが、翌朝「あなた、インコが帰っているわよ」と言う妻の声で起こされました。急いで外へ出て見るとまた屋根の一番高い所にとまっているではありませんか。今度は私の姿を見ると即座に舞い降りてきて肩にとまりました。

     こんな風に、家族のだれよりも、犬たちよりも私になついていたインコを、私の不注意で死なせてしまいました。ほんとにもう、なんというドジをしてしまったことでしょう。
     学校から帰ってきた次女に、恐る恐るもうインコと遊ぶことができなくなったと伝えた時、普段まったくインコの世話もせず、関心もないような態度だった娘が、何にも言わずに顔をこわばらせて涙を一粒こぼしました。

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