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  • 風景と樹木 第20話「モミジバフウ」

    2012年1月31日 15:45花林舎

    風景と樹木
    平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
    今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    モミジバフウ

    モミジバフウの街路樹

    盛岡市の高松から松園ニュータウンに通ずる道路の両側に、どことなく異国風の雰囲気を持った街路樹が植えられている。樹形は、剪定のために変わってしまったものもあるが、きれいな円錐形で葉は密に隙間もなくついているので、少し重苦しささえ感じられる。樹高は8~10メートルである。ほとんどの木が旺盛な生育をしていてボリュームがある。

    今年ここを通りかかったのは11月の上旬だったが、ちょうど紅葉が始まっていて赤や黄色の葉がモザイクのように混じり合った木や、まだ緑色のままのもの、少し紫色に変わりつつある個体など様々な色が見られた。近寄ってみると葉はモミジの葉によく似ている。この木の名をモミジバフウというのはそのためである。

    モミジバフウは北アメリカ原産なので別名をアメリカフウともいう。自生地では樹高35~45メートルもの大木になるそうである。ただし、そのような大きさになるためには深くまで肥沃で、湿っているが排水良好な土が広がっている場所が必要である。若木の時は針葉樹のトドマツ、モミ、カラマツ、メタセコイヤなどに似たきれいな円錐形の樹形であるが、老齢になると丸みを帯びる。このような樹形の変化はカツラなどにも見られる。

    同属にタイワンフウという木があるが、これはやや耐寒性が弱いので主に関東以南で植えられている。タイワンフウの方が葉のつき方が少なく軽やかな印象を受ける。これも大木になる。台湾では若干標高の高いところの方が生育がよく、紅葉もきれいだそうである。

    この街路樹のモミジバフウは、私が小岩井農場の緑化部に勤務していた時に、当時の盛岡市の公園緑地課長に「何かこれまで植えられていない、魅力ある街路樹種がありませんか」と聞かれて、推薦した樹種である。東京で10年ほど暮らしている間に公園や住宅団地の緑地などで大きく育ったモミジバフウを見てその美しさに魅せられていたから、問われてすぐこの木が頭に浮かんだのであるが、たまたまその時小岩井農場の苗畑に100本以上の成木があったことも推薦した理由の一つであった。

    当時は全国的に緑地ブームが沸き起こっていて、それまで造園とは関係のなかった多くの企業が緑化工事や苗木の生産に参入してきたため、苗木の奪い合いの様相を呈した時期もあった。モミジバフウはそれまで東北地方ではほとんど植栽されておらず、寒冷地ではどの辺まで育つかも知られていなかったが、アメリカの本で自然分布を調べて岩手県でも生育できる、と判断して導入したのである。そして盛岡ではこのように支障なく育っているのであるが、実は小岩井農場では梢が寒さで少し傷む状態が続いていた。盛岡では育つのに小岩井農場では正常に育つことができない樹種があることはそれまでの何年かの経験で知っていた。例えば、ハナミズキ、サルスベリ、シャクナゲのいろいろな品種、ヒマラヤスギ、クルメツツジ、サツキ、アベリアなどがそうである。今私が住んでいるところと盛岡気象台における毎日の最低気温はラジオで聞いていると冬にはおよそ3度違う。小岩井農場の苗畑ではさらに1度くらい低いのではないだろうか。この違いによって、盛岡では育つが小岩井では育たないという樹種が生ずるのであろう。

    農場のモミジバフウ

    盛岡で街路樹のモミジバフウを見た次の日、所用で小岩井農場に行ったが農場の入り口付近で図らずもまたモミジバフウに出会った。道路から見ると3本くらいかな、と思われたがそばに行って数えてみると、被圧されて枯れかけているものもあるがちょうど10本で、やはり赤や黄に紅葉している木があるかと思うと、まだ緑のままの木もある。樹高は10メートル以上あり、盛岡の街路樹より大きい。それだけでなくここのモミジバフウは下枝が切られずに残っているので地際から枝がついていて樹形がとても美しい。街路樹や公園の木にはこのような樹形のものはめったに存在しない。ちょうど紅葉の時期でもあり、その美しさにしばし見とれてしまった。

    このモミジバフウは、南の方向から小岩井農場に入ってくる人がJR田沢湖線の跨線橋を渡り、右には牧草地、左には大きなカラマツの並木という風景の中を500メートルほど進むと右側の道路沿いに立っている。このあたり一帯はスギの造林地にされる予定であったが、農場の玄関口であることから、風景的配慮として落葉樹で大木になり、姿も美しい樹種を植えることにしたのである。


    モミジバフウ


    ところが同時に植えたカツラやトチノキは順調に育ち大きく伸びたのに、モミジバフウは冬が来ると梢が寒さのために枯れ、何年たっても2メートルほどのままだった。ここの気候に慣れてくれば伸び出すだろうと初めの数年間は楽観していたのであるが、いつまでたってもその繰り返しで大きくなる気配がなかった。小岩井農場を辞めた後も気になっていて通りかかるたびに見ていたが、植えてから約20年間は伸びては枯れることを繰り返していたのである。ところがはっきりは覚えていないが数年前に冬にも梢が枯れずに、その年初めて前年より大きく伸びたのに気がついた。その冬が特別暖かだったのかどうかも記憶にないがともかく伸びてくれたのである。私はもうすっかり諦めていたから嬉しいというより驚いてしまった。20年間も枯れ続けていた木がそのまま野垂れ死にしてしまわずに、ある年からまた伸び出すなんてことがあるのだ。何がこの木にそのような活力を与えたのであろう。私はこれまで40年以上木を植える仕事に携わってきたが、木の生命力というものについて知らないことがまだまだあるということを思い知らされたのである。

    今回、間近でしみじみと見上げてみて、伸び始めてから数年しかたっていないのにもうこんなに大きくなっていることに驚いた。1年で2メートルくらい伸びた計算になる。このまま伸びれば10年後には―そのころまではまだ私も生きていられるだろうが―30メートルになる。そこまでいかないとしても20メートルにはなるだろう。もっとも、そのころには今10本あるモミジバフウは5本くらいに減っているかもしれないが、それでもこの数本の異国の木が造り出す風景はここを通りかかる人々に強烈な印象を与えるであろう。特にこの木の特異な紅葉の時期には人々の視線はこの木に吸い寄せられるであろう。「おお、何だ、この大木は」と人々は叫ぶ。そしてもっとよく見ようとして車を止める。1年の内せいぜい10日ほどと期間は短いが農場の新名所になる、かもしれない。

    アメリカ原産の木がこんなに目立って、岩手の農場の入り口にそびえたっていることが気に食わない、という人もいるかもしれない。なぜ日本に自生する木をシンボルにしないのだ、と。しかし、小岩井農場の主産業である酪農は、もともと日本には存在しなかった産業である。異国の木が、農場の一つの姿としてあっても不都合ではない、と私は思う。



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    第19話「ヒマラヤスギ」
    第18話「こぶし」
    第17話「盛南開発地区の伐採された大エゾエノキ」
    第16話「ヤマアラシ」
    第15話「ネムノキ」
    第14話「トチノキとマロニエ」
    第13話「シロヤナギ」
    第12話「オニグルミ」
    第11話「ヤマナシ」
    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 第19話「ヒマラヤスギ」

    2011年12月27日 18:31花林舎

    風景と樹木
    平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
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    ヒマラヤスギ

    インド北西部へのツアー

    20年ほど前、インド北部の植物を見るツアーに参加したことがある。そのころ私は造園のコンサルタントをしていたが、バブル経済真っ盛りで1年365日のうち350日くらいは夜遅くまで仕事をしていた。好きな仕事ではあったがさすがにくたびれて気力の衰えを感ずることがあった。1年に1回の海外旅行は妻子は連れずいつも自分だけ。家族にはすまなかったなあと今は思うが、当時は気楽なあなた任せのツアーで外国の町や村をぶらついていると、疲れがじわーっと湧いてきてやがてだんだん薄れていくのがよくわかった。日本に帰るやいなやまた山のような仕事が待ち構えているのだが、しばしその恐怖を頭から振り払っての旅であった。

    行ったのはインド北西部の標高1000メートルくらいのところにある町で、人口は2~3万人と推測した。この町のホテルに泊まって、近在の山野や町、村を訪ねて歩くのである。参加者は一人を除いて50歳以上なので山登りなどはしない。車で行ってそのあたりをぶらぶら歩くのである。すぐに分かったのであるが、このあたりはヤギを放牧しているところが多く、植物はたいてい食べられてしまっていて、見るべきほどのものはなかった。しかし植物を見るより人間を見ているのが面白いということがわかったので、腹は立たなかった。

    チベットから移住してきた人々が多く、彼らは山の急斜面にも家を建てていた。服装も顔つきもかなりさまざまで、住宅の様式にも変化があった。泊っていたホテルの隣にやや大きい建築が工事中であったが、そこで1日中石をハンマーで叩いて割っている老婆がいた。何をしているのか初めはわからなかったが、どうやら建物の基礎に使う砕石を作っているのではないかと気がついた時は驚いた。

    ヒマラヤの山並みまでは、ふた山くらい越えないとたどりつかない様であったが、それでも町の両側は標高差1000メートル以上の山脈が続いているということは、つまり大きな谷間に町は広がっていたのである。谷間の全貌を眺められる山の中腹に昔の豪族の住まいがあった(今はトレッキングをする外国人旅行者の宿になっていた)が、ここからの眺めは実にすばらしかった。澄んだ水がところどころですさまじい急流となって、町を縦断して流れていた。

    岩盤の山の斜面に成立しているヒマラヤスギの森林。
    岩盤の山の斜面に成立しているヒマラヤスギの森林。





    自生のヒマラヤスギ

    この町のいろいろな場所にヒマラヤスギが生えていた。

    最も大きいヒマラヤスギの群落は町の両側にそびえる山々の斜面に成立している森林で、30度以上ある急斜面に遥か上方まで続いていた。推測ではあるがこのあたりでは標高1000メートルから3000メートルくらいまで分布しているように思われた。山の斜面は土がなく、ヒマラヤスギは崩れ落ちてわずかに溜まっている岩屑に根を張っているらしかった。

    河原にも広くヒマラヤスギの森林があった。寺院の周りに成立している森林もあった。そのほか道路沿いの岩場に点在していたり、集落の中央に巨木が立っていたりした。

     集落の中央にそびえ立つ巨大なヒマラヤスギ。 集落の中央にそびえ立つ巨大なヒマラヤスギ。



    谷沿いや畑の近くのように土があり、乾燥しない場所には広葉樹も生えていたが、急斜面や岩場や河原のように乾燥し痩せた土しかないところはヒマラヤスギが占拠していた。日本ではアカマツが生えているような土壌条件のところである。その上、インド西部は年間降雨量が日本の半分くらいしかない乾燥地帯なのである。

    盛岡の知り合いの庭師が、ヒマラヤスギの種を播いて苗を作ったら、「黒土の所より肥料分の乏しい赤土のところの方が成長が良いので不思議に思った」と話すのを聞いたことがあるが、ヒマラヤスギの自生地の地盤を見るとまさしくそれを裏付ける条件になっている。

    また、日本では強風で倒伏しやすい木といえばまずヒマラヤスギが挙げられ、その理由は浅根性だからということになっているが、ヒマラヤスギはきっと「日本のように雨が多くて乾燥しないところでは、俺は根を張る必要がないのさ」とつぶやいているに違いない。

    ヒマラヤスギの森林の中には他の樹木も草本も極めて少なかった。密生した森になっているために林内が暗すぎて生育できないのか、その他の条件があるのかは分からない。森林の中のヒマラヤスギは枝張りが小さくて下枝がなく、日本の公園などで見られるヒマラヤスギのような優美な姿とはかなり印象が異なっていたが、それ以上に違っていたのは道端などにあるヒマラヤスギで、近くに寄って葉を間近で見ないと何の木か全くわからないほど破壊された樹形をしていた。住民が枝を切り落として薪にするためにそのような樹形になっているとのことであった(伐採するとそれでおしまい。枝を切って使っていれば永久に薪を生産できる)。

    枝が切りおとされたヒマラヤスギ。
    枝が切りおとされたヒマラヤスギ。

    枝が切られて樹形が変ってしまったヒマラヤスギ。
    枝が切られて樹形が変ってしまったヒマラヤスギ。

    川原に成立しているヒマラヤスギの密生した森林。
    川原に成立しているヒマラヤスギの密生した森林。


    樹間をゆったりと空けて植えられたヒマラヤスギは下枝が長く伸びてゆるやかな曲線を描き、世界3大庭園樹の一つ(日本ではとても庭の木とは考えられないほど大きくなるが)とされるほど美しい樹木であるが、自生地で見たヒマラヤスギは、あるものは単純に垂直に伸びているだけであるし、あるものはめちゃくちゃな形に変えられて生きていたし、あるものは集落を睥睨するような威厳を持って立っていた。全てに共通してどこか猛々しい雰囲気が感じられた。それは住民との様々な関係によって形成されたのであろうと私は推測した。

    そして、そのようなヒマラヤスギを見てきた後では、公園などで見られる整った姿のヒマラヤスギはなんとなくウソっぽく感じられ違和感を覚えるようになった。これまで私たち造園家は、ヒマラヤスギをただ美しい木としてしか扱ってこなかったが、それは温和な自然環境の中で見せる一つの仮面にすぎないということを知れば、もっと違う植栽デザインが生まれるであろう。




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    第18話「こぶし」
    第17話「盛南開発地区の伐採された大エゾエノキ」
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    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
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    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 第18話「こぶし」

    2011年11月29日 10:33花林舎

    風景と樹木
    平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
    先月に引き続き今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。


    こぶし

    農村のシンボル
    千昌夫が歌って、世界で数億人が愛唱するといわれる「北国の春」の歌詞には4種類の樹木名が出てくる。「白樺」「こぶし」「からまつ」「山吹き」である。この作詞家が思い浮かべた〝北国〟が、北海道だったのか東北だったのかそれとも長野県あたりだったのかは知らないが、とにかくその中に「こぶし」が入っているということは、コブシは寒い地方の樹木であると思っている人が多いのであろう。
    実際にはコブシは北海道から九州まで分布していて、必ずしも北国の木とは言えない。ただ自生はたいてい水分の多い谷間や低地で、水田のそばの山林などでよく見られる。農作業と結びついた〝タネマキザクラ〟という地方名があるように、農山村のシンボルにもなっている。
    日本の歌謡曲では「ふるさと」「農村」は北国の場合が圧倒的に多い。ふるさとは貧しくて寒くて、老いた親が苦しい生活を送っているところである。ふるさとに帰るのは恋に破れて傷心の悲哀を抱いた女に決まっている。だから農村のシンボルであるコブシは北国を思い起こす樹木として登場してくるのであろう。
    北国がこのように暗いイメージで歌われてきたのは、日本の政治、経済の中心地が関東以南の暖地であり、北国は「僻地」だったからであろうか。あるいは以前はよくあった冷害の悲惨さなどが強く印象としてあるためであろうか。
    北国の冬は確かに辛いことが多い。農作業などもできない。鹿児島に行った時、一月なのに畑には数種類の野菜が育っていて驚いたが、逆に一年中休む時期がなくて大変だなあと思った。きっぱりと冬が来て、きっぱりと休める冬もいいものだ、と思った。
    今のように、ブルドーザーで除雪することのなかった昔はどこもみな冬の間中雪で覆われていた。それがある日黒い土がぽっかりと姿を現す。私はまだ小さかったころ、春が近づいてきてピンポン玉ほどの穴から黒い土が見えた時の、しびれるような感動を70歳になった今でも覚えている。
    また、川辺の南向きの斜面は雪解けがほかのところより一カ月以上も早く、3月の初めには背の低い草で覆われた地面が姿を現すのであった。その中に濃い空色の小さい花が咲く草があって、子供心にもなんてきれいな色だろうと思った。そのころからコブシも見ていたはずであるが記憶にない。私の春の花の原点はこの空色の草である。


    離れて見る、近くで見る

    今住んでいるところの周辺はコブシの木が多い。岩手でも寒い方にあるので花弁の元の方が薄くピンク色を帯びた「キタコブシ」の割合が多い。最も、コブシとキタコブシは離れて見ると区別がつかないから、鑑賞対象としては両方一緒にしてコブシと言ってもかまわないだろう。濃いピンクの美しい個体がないか探して歩いたことがあったが徒労に終わった。しかし、赤花のヤマボウシのようにどこかで見つかる可能性はないだろうか。
    岩手ではコブシのことを〝タネマキザクラ〟と呼ぶ地方がある。この花が咲くころ稲の種子を播く、という意味なのであろう。コブシの花の大きさは桜の花の何倍もあるから〝サクラ〟と呼ぶのは不適切ではないかと思っていたが、ある年ゆるやかに起伏する畑の脇の道を車で走っていたら、山林の中に白い花の木が点在していて、カスミザクラにしてはまだ早いけど何だろうと思って、近寄って見るとコブシであった。こんなに大きい花が遠くから見ると「桜かな」と思うほど小さく見えたのだ。「なるほど、これならタネマキザクラという名もおかしくないな」と納得した。白い花は近くで見ると美しいが、離れて見ると魅力が減じてしまうものが多い。これは、庭や公園の植栽計画を立てるとき留意しておくべきことの一つである。
    樹高15メートルくらいのコブシに無数の花が咲いた年に、その下に立って見上げたことがある。雲の間からわずかに漏れた日の光が、やわらかくコブシの花を照らしていた。内側から鈍い光を放っているような何千もの花が、まるで純白の小鳥の群れのように見えて思わず息を呑んだ。コブシの花の盛りはサクラと同じくらい短い。その、最も盛りの時の、本当に精いっぱいの生命の発露の声が聞こえてくるような見事な花盛りだった。

    真っ白なコブシの花
    真っ白なコブシの花。
    木の下から見あげると
    無数の白い鳥のように見える。


    きっと日本の無数の無名の農民が何百年にもわたって、いや縄文時代からの一万年を超える長い年月、日本の山野とともに生きてきた人々がこの美しさに感動した瞬間を持ったに違いない。コブシが強い人気を持ち続けるのはそのような感動の累積が背後にあるからに違いない、とこの時感じた。


    コブシの巨木
    ところでコブシの木はどれくらい大きくなるものだろう。手元の樹木図鑑には、樹高10~18メートルと書いてあるが、図鑑の記載の中で樹高ほどまちまちで当てにならないものはない。そしてそれは当然なのである。

    巨大なコブシ巨大なコブシ。
    しかも花が樹冠を埋めつくして咲いている。
    大変なエネルギーである。


    ある年のゴールデンウィークのころ岩手の県北に出かけた帰り道、道に迷って水田地帯の中を多分あっちの方だろうと見当をつけて車を走らせているうちに、突然巨大なコブシの木に出会った。高さは20メートル以上あるだろう。枝張りも大きい。下にある民家が小さい物置小屋のように見える。花の盛りは過ぎて少し黄ばんでいたがまだ多数の花がついていた。とにかくその樹体の大きさにはたまげてしまった。コブシがこんなに大きくなる木だとは思ってもいなかった。水田の近くに生えていて、水分も養分も十分に吸収できたのだろうがそれにしてもすごい。道に迷ったおかげでこんなすごいものを見ることができて幸運だった。来年は一番きれいな時に来て見ようと思った。ところが、それから3度ほど行ってみたのだが見つからないのである。道に迷ってから何キロか走って出くわしたので、どのへんだったのか定かでない。あれほどの巨木だからすぐ見つかるだろうと予想していたのだが、甘かった。まさか伐採されることはないだろうが、今年こそは見つけ出さなくてはと思っている。

     

     

     

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    第17話「盛南開発地区の伐採された大エゾエノキ」
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  • 風景と樹木 第17話「盛南開発地区の伐採された大エゾエノキ」

    2011年10月29日 15:04花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
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    盛南開発地区の伐採された大エゾエノキ

    斜めの道と大エゾエノキ
     盛岡市の玄関口、JR盛岡駅前一帯の繁華街から雫石川一本隔てた対岸は、ついこの間まで農家が散在する田園地帯であった。そこに以前の面影はかけらほども残っていない新しい都市造りが着工され、みるみるその範囲を拡大し、やがて完成しようとしている。一般には盛南開発地域と呼ばれている。
     ほぼ碁盤の目状に直角に交差している街路の中に、ただ一ヵ所斜めに走っている道路がある。元々は農道であったがこの道路の延長線上に岩手山の美しい姿が望まれることから、その景観を残し新しい街のシンボルの一つとするために、特例として既存の路線がそのまま使われることになったのである。心憎い配慮であった、と思う。
     この道路が盛南開発地区を通る区間のちょうど真ん中あたりに1本の巨木がそびえ立っていた。道路から10メートルほどのすぐ近くにあり、樹高20メートル以上、太い幹が直立して伸び均整の取れた枝ぶりは威厳と気品に満ちてここを通る人々を魅了した。冬の姿も良かったが、新緑の頃から秋の落葉前までの圧倒されるような堂々たる姿は、大木がどれだけ大切なものであるか見るたびにいつも思い知らされていた。幹肌はケヤキに似ているが枝の形はコナラに似ていて、よほど樹木に詳しい人でなければこの木の名前は知らないまま眺めていたであろう。もし盛南開発地域が「景観に十分な配慮をして計画を進めていた」のであれば、だれが見ても全区域の最高のシンボルツリーとして絶対に残さなければならない樹木であった。その巨木が切り倒されてしまった。盛南開発史上最大の愚挙の一つであると言いたい。

    実に堂々たる巨木であった。葉のついている季節の写真をとっておけばよかった。
    実に堂々たる巨木であった。
    葉のついている季節の写真をとっておけばよかった。

    伐採の理由
     新聞に取り上げられる数ヵ月前、そばを通りかかったらこの木の近くまで造成工事が迫っていたので、保存されるに違いないけど念のため、と開発を行っている役所の担当者に「あのエゾエノキは残すでしょうね」と問い合わせたことがある。すると「あれは伐採します」という返事が返ってきた。心底驚いた。役所は一体何を考えているのだ、と思った。その担当者は何度かあったことのある人だったので、伐採する理由を詳しく説明してくれたがそれによると、
    ①エゾエノキの周辺は地盤高が変わり、木の周りは掘り下げられてしまう。つまり木の根を切らざるを得ない。ということは現在位置に残しても生存は不可能である。
    ②移植しようとしても、あまりにも大きすぎて、生かすことは極めて困難であると診断された。
    という理由で伐採することになったというのである。
     移植は無理である、ということは私も造園の仕事に携わっているのでそのとおりだと思った。これだけの大木を移植した場合、何とか生きたとしても元の美しい樹姿を保つことはまず不可能であるから、移植する意味が無い。移植するとしても樹木を立てたままそろそろと引っ張っていく「立て引き」という方法になるであろうが、これで移動できる距離はわずかなので依然として道路の近くに残ることになる。根のかなりの部分が伐られてしまっているから暴風の際に倒れる恐れがある。倒れる方向によっては大惨事になる。その可能性を考えると移植の引き受け手がないだろう、と私は考えた。だから移植はできない。この木を生かす唯一の方法は現在地にそのまま残すことである。
     土地の造成がこの木の近くまで迫ってから大エゾエノキをどうするかという検討委員会が開かれた、と新聞で見た。伐採することがすでに決まってからである。だいたいこういう委員会は役所の方針を追認するためのご用委員会であることが多いが、この場合は違った。委員会はエゾエノキを保存すべし、という結論を出したのである。驚きかつ喜んだ、がそれもつかの間であった。役所側では「現在地での保存はできないので移植することになるが、それには数千万円かかる。その費用は認められないので伐採するしかない」と主張して、結局切り倒してしまった。金があっても十分な時間的余裕がなく、根回しもしないで移植するのでは活着の可能性は小さいし倒木の恐れが大きいから、やらない方が良いと私は思った、ということは前に述べた。開発計画の細部まで決まった後ではエゾエノキの生き残る道はなかったのである。

    近くで見ると少し怖い。
    近くで見ると少し怖い。

    離れて見るとどれほど大きな木で、どれほど風景的に重要な木であったかわかる。
    離れて見るとどれほど大きな木で、どれほど風景的に
    重要な木であったかわかる。

     
    計画の思想
     岩手山の景観を見るために斜めに交わる道路を残す、という快挙を思いついた人々がなぜこの木を残すということについては無関心だったのか、私は理解できない。あの道路と大エゾエノキはセットである。あの道路の景観はあのエゾエノキがあることによって大きな価値を生み出していた。それを見落としていたのだろうか。それとも、計画の手法そのものにエゾエノキを無視する原因があったのだろうか。
     完成が近付いている新しい街は中央に大幅員のシンボルロードがあり、ここには森ができる予定である。以前私は「これは素晴らしい計画だ」と思っていたが、エゾエノキの事件があってから考えが変わった。この大きな道路は「大きいことはいいことだ」という時代の思想が生み出したシンボルである。全体を鳥瞰図的に見た計画である。森のシンボルロードをつくる代償としてこの地域に存在したこまごまとした幾多の思い出に満ちた風物のほとんど全てを抹殺してしまった。計画者は、はじめに元の田園の中を隅々まで歩き回り、価値あるものを見出して地図の上に印し、それと新しい街をどのように組み合わせていくか、と考えるべきだったのである。虫の目、あるいは獣の目で見たものを活かす計画であれば、エゾエノキは生き延びることができたであろう。返す返すも残念である。(エゾエノキを残すことに爪の先ほどの寄与もできなかった造園関係者の一人として、悔恨の気持ちを込めて)



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    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 第16話「ヤマナシ」

    2011年9月29日 16:10花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     「花林舎動物記」等の外部投稿連載を7月上旬から再開しております。先月に引き続きしばらくは『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    ヤマナラシ

    ヤマナラシって何だ
     まだ大学院生だったころ、造園植物の研究をしていた助教授の手伝いで、全国の街路樹の調査をしたことがあった。調査の主体は主要都市にお願いしたアンケートの分析であるが、現地で確認しなければならないこともあるので、数カ所は出張して公園緑地の担当者と会ったり、市内を見て回ったりした。造園植物学の勉強を始めてまだ間もない私にとっては、東京を離れて遠隔の地に行くのは知らない樹木に会えることになるので、それらを見て歩くのが楽しくてしょうがなかった。
     今から40年も前のことなので記憶に残っていることはほとんどないが、一つだけ覚えていることがある。
     函館市の緑化係の人が「ポプラと言うことになっている街路樹があるのですが、私はヤマナラシだと思うんです。見て確認してくださいませんか」と言った。私はそのころヤマナラシという樹木名を聞いたことすらなかったが、助教授も同様だったらしく困った顔をしていた。結局この時はその街路樹を見に行かなかった。
     その後、日本の造園関係の仕事でヤマナラシに出会ったことは一度もなかったが、岩手に戻ってからは山野でしょっちゅう見かけるようになった。

    水平に長く伸びた根から発生してきた若いヤマナラシ。
    水平に長く伸びた根から発生してきた若いヤマナラシ。

    明るく素直に伸びる木
     ヤマナラシはポプルス属(ヤマナラシ属)の樹木である。ポプルス属とは一般に分かる言葉で言えばポプラの仲間である。ポプラ類は世界の北半球に約100種あるが、日本には3種しか自生していない。その中でもっとも普通に見られるのがヤマナラシである。つまり、日本産のポプラということになる。道路工事跡の裸地などによく生えてくるので、パイオニアプランツと呼ばれる。アカマツ、シラカバ、ヤマハンノキ、タラノキなどもパイオニアプランツであるが、森林伐採跡に1~2年するとタラノキがたくさん出現するのは、山菜の好きな人ならたいてい知っている。
     ヤマナラシは姿の美しい木である。幹がまっすぐに高く伸び、灰白色の樹肌と浅緑の葉が明るくすがすがしい印象を与える。
     ただ、若いヤマナラシはすっきりしすぎていて風情に乏しい。苦労知らずでのびのびと育ち、素直で明るくスタイルもよくおしゃれで、だけど頭の中は空っぽ、という青年を思わせる。そんな人間でも長く生きているうちにそれなりに苦労もし、人生のしわが外観に現れるようになる。ヤマナラシも風雪を重ねることによって次第に趣のある姿に変わっていく。
     もちろん長年の辛苦が鍛え上げたようなミズナラやカシワの剛毅な風格とは似てもつかないが、苦労した人間だけが偉いのだと考えなければ、ヤマナラシの成長した姿も捨てがたい。いや、このような美しさをもった木はあまり無いといってもよい。
     それなのに我が国の造園・緑化の関係者はヤマナラシを知らないのか、知っているが使いたくない理由があるのかこれを植えてある公園や緑地を見たことが無い。ただし、植えなくても生えてきて勝手に大きくなっている緑地もある。
     下の写真に示したヤマナラシは高速道の法面に生えてきたものである。植えたものではない。ポプラ類は柳にごく近くハコヤナギとも言い、中国では「楊」と称する。種子にはふわふわの綿毛がついていて、風にのって広範囲に散布される。写真のヤマナラシは枝の先が膨れたようになっているが、これは花芽である。ネコヤナギの花は毎年冬の終わりごろになると新聞の記事になるが、あれと同じような花がポプラ類にも着くのである。

    成木はすがすがしく、キリッとしている。
    成木はすがすがしく、キリッとしている。

    根から新しい苗ができる
     ヤマナラシは乾燥ややせ地にも強く、成長は速い。大きな特徴は地下の浅いところを長く伸びた根から芽を出して苗ができることである。そのため多数のヤマナラシが一斉に生えそろうことがある。ポプラ類ではこのような性質をもった種類がいくつか知られている。
     高速道のインターチェンジで、ポプラの小さい苗が無数に生えているのを見つけて近寄って見ると、苗は直線状に並んでいてそれがどれも四方に長く伸びた太い根から発生しているのがわかって驚いたことがある。そこは地盤が固くてポプラの根は地中に潜って行けないために地表近くの浅いところを水平に伸び、その根から数え切れないほどの多数の苗が発生していたのである。桜でも全く同じ現象を見たことがある。
     根から新しい苗が発生することでもっともよく知られているのはニセアカシアであるが、ニセアカシアはこの特性のために嫌われている。ヤマナラシも公園などに植えた場合、増えすぎて嫌がられるということになるかも知れない。植栽するならおおらかに考えられる場所を選ぶのが無難であろう。

    灰白色でなめらかな樹肌。
    灰白色でなめらかな樹肌。

    ヤマアラシの名の由来
     一般に木の葉の柄の断面は丸い。ところがヤマナラシの葉柄の断面は平べったい。そのため少しの風でも葉はヒラヒラと翻る。やや強い風が吹くとザワザワと鳴る。それでヤマナラシという名がついたとされている。美しい名である。姿に合った名である。姿と名が適合した木を見るのは楽しい。
     じつは、私の家の横にも数年前にヤマナラシが1本いつの間にか生えてきた。そのままにしていたら今では10本くらいになり、毎年増えている。このまま増え続けると困るので、昨年初めて3本切った。
     まだ若木なのですっきり伸びて頭の空っぽな青年のような樹姿である。すぐ隣にヤマナシの木がある。10年後にどっちを残すか悩むことになるかも知れない。



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    第15話「ネムノキ」
    第14話「トチノキとマロニエ」
    第13話「シロヤナギ」
    第12話「オニグルミ」
    第11話「ヤマナシ」
    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
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    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 第15話「ネムノキ」

    2011年8月31日 17:49花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     「花林舎動物記」等の外部投稿連載を7月上旬から再開しております。先月に引き続きしばらくは『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    ネムノキ

    東北道のネムノキ
     2007年の7月下旬に盛岡インターから高速道路を南下して水沢まで走ったことがあった。高速道の法面に花盛りのネムノキが次から次と姿を現し、その美しさに感嘆した。これほど多くのネムノキを見ることのできる場所は全国的にも珍しいのではないだろうか。しかも、花色が濃く見栄えのする個体が多い。今はまだ評判になっていないが、いつかネムノキ道路として広く知られる時が来るのではないかと思った。
     これらのネムノキは高速道の法面を緑化するために植栽したのではなく、何かのきっかけで自然に侵入して、増えていったものであろうと私は推測している。ネムノキは移植が非常に難しいため植栽されることは少ない。それに、東北道の法面には針葉樹やサクラなどの決まった樹木しか植えなかったはずである。ネムノキはおそらくどこかから種子が飛んできて法面に生えて成長し、その木から種が飛んで広がっていった、と私は考える。
     このように考えるのは、ネムノキが痩せ地に耐える性質が強く、一般の樹木の生育には不適当な痩せて乾燥する地盤である高速道路の法面でもよく成長するからである。ネムノキは海岸の砂地の緑化に使われることがあるほど養分や水分の少ない土にも耐えて生育できる。高速道の法面は道路の地盤であるから崩れないように締め固められており、材料はなるべく有機物を含まない締め固まりやすい土を使用している。このような地盤は植物の生育には不適切であり多くの樹木は生育不良になる。
     ところがネムノキはこんな条件の悪いところでも旺盛に生育する。太い根が表層の浅いところを水平に伸びていくので表面の柔らかい土層の厚さが20センチもあれば、さほど支障なく大きくなれる(余談であるがポプラ、ヤナギ、サクラなども同様の性質がある)。成長は速く気がつくと大きくなっている。花が終わると豆類の実と似たさや状の殻の中に種子ができ、法面にまき散らされて発芽し新しい苗が育つ。発芽から数年のうちに花が咲くので、条件に恵まれた場所では増えるのも早い。
     ネムノキの花はピンク色の細い糸のようなものが目立つが、これは花糸、つまりオシベであり、花弁は下のほうに小さく付いている。このような形の花は日本には珍しいが熱帯、亜熱帯には何種類か知られており、ネムノキも暑い地方にルーツを持つ樹木であろうと推測される。そのためであろう、美しい花であるが異国的な雰囲気があり、日本の風景からは少し浮きあがって見える。しかしそれがこの木の存在価値であるとも言える。
     日本の風景とはどことなく違和感があるとはいえ、豪華絢爛を誇るのではなくつつましく控え目に咲くので、日本人には好まれた。松尾芭蕉の有名な句―象潟や雨に西施がねむの花―は、この2つの微妙な感情、つまり「好ましさ」と「異国の情緒」の両方を読み込んでいるように私には思われる。ネムの花の風情は芭蕉にも〝西施〟という異国の美人によって表現するのがふさわしいと感じられたのであろう。
     実際はふてぶてしいほど強健な樹木なのに、見かけは花も葉もいかにも優しげである。

    木造の古い家とネムノキ。
    木造の古い家とネムノキ。

    伯母のネムノキ
     私が生まれ育った県北の町の叔母の家に1本のネムノキがあった。伯母の家は部屋が2つ(居間と寝室)と台所しかない小さい借家で、庭も8畳間ほどの大きさしかなかった。その庭全体に覆いかぶさるようにネムノキが広がっていた。夏になると樹冠を覆いつくすように薄赤い花が咲き、子供心にも美しいと思った。夕暮れ時には次第にうすれていく光の中に、それ自体頼りなく霞のような感じの花がぼんやりと夕闇の中に溶け込んで見えなくなっていくのがなんとも言えない風情があった。
     当時私が知る限りでは(といっても子供のことだからあまりあてにはならないが)その街でネムノキはこの木1本だけで、他には見当たらなかった。鉄道員であった伯父がどこかから持ってきたのであろうか。私は成長してから造園の仕事に携わるようになってあちこちを調査に歩くことも多かったが、しばらくの間北国ではネムノキは珍しく、貴重品であったと思う。日本庭園だけが庭であった頃ネムノキを庭に植える庭師はなく、人為的に広まるチャンスは少なかったのであろう。
     伯母はこの木が自慢で、大切にしていた。庭にはそのほかには植栽したと思われる木も草もなくネムノキだけの庭であった。
     月日は流れ、叔父も亡くなり伯母は病の床に伏せって1人で暮らせなくなり、盛岡の息子の家に引き取られた。そして亡くなった。あの家に帰りたいと繰り返し話していたそうである。
     2人が亡くなり空き家になった家をしばらくしてから見に行ったことがある。家というよりあのネムノキはどうなったのだろうと気になっていたからである。ネムノキは枯れていた。家主がいなくなって生きる張り合いをなくしたのであろうか。それは実に寂しい風景で、私は死んだ伯母が荒れた家の中にひっそりと潜んでいるような錯覚を覚え、急に怖くなって引き返した。その後一度も訪れないままであるが、貸家は壊されて別の家が建てられたらしい。

    緑陰樹としてのネムノキ
     ネムノキは移植が難しいこと、成長が速く枝が大きく広がること、などの理由からいまでも普通の庭には植えられることは少ない。同じ理由で苗畑でもほとんど育てていないからか、公園などに植えることもあまりない。だから人々はあちこちに勝手に生えてきたネムノキを見るだけである。日蔭では育たないから森林の中にはない。通常は開けた日の当る所にポツンと1本だけ生えていることが多い。枝は水平ないしやや上向きに横に伸びて高さよりも枝張りが大きい形になる。細かい羽状複葉の間から日光が漏れるので、木の下がさほど暗くならず、明るい日陰を作る。樹姿の軽装な印象とあいまって、木の下で休んでも鬱陶しく、重苦しい感覚がない。そのため緑陰樹として最も適した樹木の1つである。ただし大きな庭でないとおさまりきれないのが日本での利用にはネックになっている。
     実は我が家の前にも木陰が欲しくてネムノキを植えたが、大きくなりすぎて困っている。毎年太い枝を切るのだが、気がつくと元の大きさにもどっている。今は再生産のきく薪の木だと考えて活用することにした。インドの山奥で同じ利用法をしている針葉樹を見たことがある。いやにほっそりした樹形の木があったが、切り倒して薪にするとそれでおしまいなので、枝だけ切って使い長く薪として利用する木なのであった。
     広大なゆるやかな斜面にネムノキをたくさん植えて、下から見上げても上から見下ろしてもピンク色の雲海のように見える公園を作ってみたいと思ったことがあった。成長が速いから苗木を植えても10年後にはピンクの雲海が完成するであろう。
     ネムノキの一つの欠点は、30年くらいで活力を失って枯れてしまうことである。台湾などに多い想思樹というアカシアも30年で20メートルの高さになって枯れてしまう。特別成長の速い木には寿命の短いものがいくつかある。何のためにそんな生き方を選んだのであろう。



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    第14話「トチノキとマロニエ」
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  • 風景と樹木 第14話「トチノキとマロニエ」

    2011年7月28日 09:46花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     「花林舎動物記」等の外部投稿連載を7月上旬から再開しております。今回におきましても『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    トチノキとマロニエ

    盛岡の誇りトチノキの街路樹
     盛岡の官庁街、内丸にトチノキの街路樹がある。トチノキの街路樹としては多分全国でも有数の立派な街路樹だろう。
     トチノキは全国の山地に自生する高木で、谷川沿いの湿った肥沃な土壌の所によく見られる。ところが都市土壌は悪条件のところが多く、トチノキが健全に育つのは難しい。そのためトチノキは姿の美しさの割に街路樹として植えられることは少ない。内丸のトチノキの街路樹が大きく堂々と育っていることはこの一帯には肥沃な土壌が厚く堆積している、ということを示している。
     日本では街路樹だけでなく、公園でも、ましてや庭園ではトチノキを見ることは少ないが、中部ヨーロッパではセイヨウトチノキ、つまりマロニエの見上げるばかりの大木をよく見かけた。マロニエはパリの街路樹として有名で、歌謡曲にも〝花はマロニエ、シャンゼリゼ...〟という(陳腐この上無い)歌詞があるが、たいていの人はマロニエという語は知っていても、それが日本のトチノキの近縁種で姿もそっくりな樹木であることは知らない。
     パリのマロニエの街路樹が有名でそのイメージが強いせいか、日本のトチノキも瀟洒で異国の木のように感じられることがある。もともと日本の町には整然と並んだ街路樹というものは無かったから、広い街路にビルを覆い隠すほど大きく育った街路樹が立ち並ぶ風景が、欧米の街のように感じられるのは当然なのである。
     もっとも、こういう感じ方は戦後しばらくの間平屋や2階建ての民家がまだ多数混在していた都市の風景を見慣れたわれわれ世代の感傷であって、初めから高層建築の立ち並ぶ大都市の景観を当たり前のものとして育ってきた世代の人々は、こんな感じ方はしないのかもしれない。

    マロニエの花
    マロニエの花

    市の中心に象徴的空間を
     盛岡市内丸のトチノキ街路樹通りの景観に話を戻す。ここは街路の正面をふさぐ形で市役所の建物が建っている。この建物は醜いということはないが、市のど真ん中の大きな通りの真正面にそびえるにふさわしいほどの魅力があるわけでもない。だいたい戦後建てられた合理主義の建物でそんな情趣を持つ建築物は(建築家から見ればどうか知らないが一般の人の目には)少ない。もし旧岩手銀行本店の赤レンガ館がここにあったら、札幌の時計台くらいの観光名所になっていたであろう。
     市役所は盛岡市が近隣の市町村と合併して区域が広がったのに伴い雫石川の向こうの新市街地に移転するという構想があった。財政難のため実現しなかったが、もし現在地の市役所の建物が無くなりその跡に美しい緑地ができたら、盛岡市の観光価値はこれまでと比較にならないほど高まるであろう。
     それは盛岡に観光の中心地ができるからである。
     市役所の建物が無くなって緑地に変われば、トチノキの街路樹のトンネルの正面に今は建物に隠れているケヤキの大木が姿を現しその間から、川向うの「ござ久」の古い建物が見える。左側には保存建築物の県公会堂がある。ついでに公会堂の向かい側にあって利用者の少ない陰気な緑地を、明るい花壇に変えてしまうとさらに良くなる。中津川沿いの道の魅力も高まって全てが生き生きと連関してくる。盛岡市は数十億円の借金をしても、ここに市の風景の象徴となる場所を創って中心部に活気を取り戻すことができればその方が得ではないだろうか。姉妹都市のビクトリア市にも少しは誇れる場所ができることになる。このような風景も立派な街路樹があればこそできるのである。

    フランスの元貴族の屋敷で見た大きいマロニエ。花が咲いている
    フランスの元貴族の屋敷で見た大きいマロニエ。花が咲いている

    厳冬の冬、葉を落とした盛岡市内丸のトチノキの街路樹(2008年1月)
    厳冬の冬、葉を落とした盛岡市内丸のトチノキの街路樹(2008年1月)

    岩手公園のトチノキ並木(2007年10月)
    岩手公園のトチノキ並木(2007年10月)

    縄文時代から生活を支えてきた樹
     トチノキは人の掌を広げたような形に大きな葉が5―7枚ついている。これを掌状複葉というが、数枚合わせて1枚の葉なのでその重さを支えるために葉柄は太く、枝も太く粗い。大葉で枝の太い木は、剛毅、豪壮、質実といった趣を持つものが多い。たとえばミズナラ、カシワなどがそうである。しかしトチノキはそのような雰囲気もある一方、スマートで都会的な印象も受けるのである。それは新緑の頃に咲く〝ロウソクのような〟と形容される白い大きな花や、秋の葉の黄褐色の輝きの明るさだけではなく、掌状の葉のつき方に由来するように私には思われる。
     トチノキの実は黒褐色で、クリより大きいので英語ではセイヨウトチノキをホースチェストナッツ、つまり「馬の栗」という。植物辞典には「うまぐり」という訳語でのっている。縄文時代の地層を調べると、ある時期からトチノキの花粉が急増するそうである。それまでは食べ方を知らなかった栃の実の処理法を発見した縄文人が現れて、トチノキの実が重要な食料に変わり、近くの山で栽培するようになったのではないかと私は想像している。縄文遺跡の研究が深まってくると、縄文時代にも里山(人が利用し手入れをした山)があったに違いないと考えるのが妥当であるということになるそうである。東北と北海道は縄文時代には現在より栄えていたらしい。その繁栄を支えていたものの一つがトチノキであった。
     我が岩手でも祖先を偲びもっとトチノキを植えてもいいのではないか。景観樹として優れているだけでなく、蜜源樹としても、また木材としても重要な木である。


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  • 風景と樹木 第13話「シロヤナギ」

    2011年7月 6日 11:20花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     「花林舎動物記」等の外部投稿はお休みしておりましたが、連載を再開いたします。今回は『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    シロヤナギ

    花は紅、柳は緑
     ヤナギといえば、決まって思い出す言葉が二つある。
     一つは「花は紅、柳は緑」で、もう一つは岩手県人なら誰でも知っている石川啄木の有名な短歌「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」である。
     「花は紅、柳は緑」は元々中国の言葉であることは想像できたが、どんな意味なのかは分からなかった。わからないのに良い言葉だと思っていたが、先日辞書を引いて調べてみた。すると、「当たり前のことを指す表現」とある。なるほど、そのとおりである。
     ヤナギの仲間は世界中に広く分布しているが、どちらかというと寒い地方に多い。私の住んでいる岩手県中部の河川敷にもヤナギは多い。雪が消え、寒風が吹く日が少なくなり、暖かい陽射しが漏れる日が増えてくると、川原の木々がボーッと緑色に煙ってくる。ヤナギの芽吹きである。これを見ると、なるほど〝柳は緑〟、だと思う。真に単純明快、素直な表現で春の到来を喜んでいる。この言葉は中国でも北の地方で生まれたのではないかと私は想像している。
     余談ではあるが、「花は紅」の花は何だろう。春早く咲く赤い花、寒い地方ならアンズ、少し暖かい地方であればモモかな、と推測したが、中国に住んだことが無いので、分からない。

    陽光に透けて揺れるシロヤナギの葉。
    陽光に透けて揺れるシロヤナギの葉。

    川原のヤナギ
     盛岡には北上川、雫石川、中津川、簗川などが集まっているが、雫石川の川原がもっとも広い。今は上流にダムができたために大洪水が起こることはきわめて稀になったが、本来川原というものは何十年かに1回の大きな洪水のときには破壊され形を変え、その時には生育していた植物は押し流されて消失し、新たにできた裸地の上にヤナギを優占種とする植生が浸入してくるのだそうである。川原が時々破壊されることによって成り立つ特有の生態系が存在するのだそうだ。地盤が安定している方が植物にとって有利だろうと思っていたが、時々破壊される状態を利用している生物が居るというのだからおもしろい。
     ヤナギは種類が多い上、雑種ができやすく、どれもよく似た葉形をしているし、また花が咲いているときには葉が無く、葉が出てくる頃には花が無いため種の判定が難しい。しかし、幸いシロヤナギは見分けやすい。というのは、大抵のヤナギは大木にはなれないのにシロヤナギは堂々たる大木になるからである(逆にいえば、まだ小さいシロヤナギは判別しにくいが、植物の専門家以外にはそれは問題にならない)。

    盛岡市の開運橋から見る、北上川河川敷に立つシロヤナギ。
    盛岡市の開運橋から見る、北上川河川敷に立つシロヤナギ。


    啄木が歌った風景
     盛岡でもっとも知られたシロヤナギは、北上川にかかる開運橋から上流側100メートルほどのところの河川敷の中央に立っている数本の大きいヤナギであろう。岩手山を背景にして4月中旬から5月初めの新緑の頃が最も美しい。
     このヤナギは河川改修の際に切り倒されることになったが、当時の盛岡市長・工藤巌氏の要請によって伐採を免れたと聞いている。工藤氏は文化や自然を守ることに力を注いだ市長であったが、逆にいえば氏の心をゆさぶるほどの魅力をこのヤナギの風景が持っていたということになる。
     シロヤナギは岩手県では各河川や湿地に数多く存在していて、その姿の美しさは特に話題に上ることは無いが、無言の内に大勢の人々に感銘を与えているのである。
     啄木が「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」と歌ったヤナギは、多くの種類が交じり合って生育していて、春になると緑の霞のように芽吹いている様を表現したものと推測されるが、川原の風景をしっかりと観察していたら、それらのヤナギの中にぬきんでて丈の高いシロヤナギが強く印象に残ったに違いない。

    柔らかく優雅な樹姿
     シロヤナギは幹が途中から数本の太枝に分かれて四方に広がり、ほぼ球形の樹形になる。葉は細く小さく葉裏は白い。大木になると太い幹がどっしりとした風格を示すが、明るい葉色と小さい葉、多数の細い枝が構成する樹姿は柔らかく優雅で穏やかである。
     早春、葉に先立って薄黄色の花が樹冠を覆い遠望すると微かに黄色の光を放っているように見える。もっとも、これは雄木だけに見られる現象らしい。ヤナギは雌雄異株である。
     美しい樹姿にもかかわらずシロヤナギが造園樹木として植栽されることは無い。あるいはきわめて稀である。イギリスやアメリカの造園植物の本を見るとかなりの数のヤナギ類が掲載されている。わが国の造園書には中国から渡来したシダレヤナギが載っているだけである。私はここにも日本文化が暖地中心であることの影響を感ずるのである。
     川辺のヤナギというとネコヤナギだけが取り上げられるが、風景を造るヤナギとしてはシロヤナギの方がはるかに重要である。皆さん、シロヤナギに注目!




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  • 風景と樹木 第12話「オニグルミ」

    2011年3月 1日 15:11花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     今回から「花林舎動物記」はふたたびお休みとして、『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    オニグルミ

    日本で一番うまい餅―クルミ餅
     九州出身で今は東京に住んでいる友人のH君がわが家に遊びに来た時、妻がクルミ餅を作って出した。H君は初めてクルミ餅というものを食べたそうだが、その美味に驚き、何度も「こんなうまい餅は食べたことが無い」とくり返した。その後東京で会ったときも「あの餅をぜひまた食べたい」と、美味しい中華料理を食べながら言うのであった。
     今から50年近く昔、日本人の大半が貧しかったころだが、正月だけはわが家もご馳走のオンパレードだった。冬には来る日も来る日も干した大根葉の味噌汁と、漬物とわずかな魚だけの食事だったから、正月の待ち遠しかったこと。あの楽しさをまた経験するために、昔のように貧窮の生活に戻った方がいいかもしれない、と夢想することさえある。
     正月の主食は言うまでもなく餅。ずい分たくさんついたが、雑煮はたいてい1回だけで、主な食べ方はアンコ餅、キナ粉餅、時々ゴマ餅、クルミ餅。一番簡単な食べ方は砂糖に醤油をかけたものに餅を浸して食べる砂糖醤油餅。甘い餅に飽きると海苔を巻いて食べた。
     アンコやキナ粉は作り置きができるから楽であるが、ゴマ餅とクルミ餅はそのつどすり鉢で擂ってタレを作らなければならないから、あまり食べなかった。クルミ餅は特に手間がかかるため、おいしいけれどもたいてい正月の間に1回しか作らなかった。
     クルミ餅を作るには次のような作業が必要なのである。クルミの殻を割る→中の白い実を取り出す→殻の破片を取り除く→実をすり鉢で擂る→味付けをする。
     オニグルミの殻は固くて子供では無理で、大人でも女性ではなかなか割れない。左手に軍手をはめて親指と人差し指で殻を持ち、平らな石の上に置いて金鎚を打ちつけるがうまくパカッと半分に割れることは少なく、たいてい力を入れすぎて、グシャとつぶしてしまう。こうなると、実もつぶしてしまうし、殻の小さい破片が混じってしまい、取り除くのに苦労する。たまに大きい実が取れるとすばやく食べてしまうのが楽しみだった。殻割りが終わると、中から実を取り出す作業に移る。細い釘や爪楊枝などで殻に詰まっている実をほじくり出すのである。
     次に、取り出した実を盆の上などに薄く広げて殻の破片を探して取り除く。破片が1つでもあるとすり鉢で擂るときガリガリとなるから徹底的に探す。ここまでの作業を一人に任せると、何故か大きい実がかなり消えてしまっていることがあるので、何人かで共同でやらなければならない。
     後はすり鉢でよく擂りつぶし、水を加えて適当な濃さにして、砂糖と醤油で味をつけるのである。できるまで半日かかる上、かなりの量の殻を割ったつもりでも出来上がるタレは意外に少なく、家族全員に充分行き渡らない程度のクルミ餅しかできない。だからたいてい正月の間に1回しか作らなかったし、それだけにますますおいしいもの、という思いが募るのである。

    樹姿は整っているのに使われない訳は...
     オニグルミは川や沢に近い湿った土壌のところに生えている。石ころの川原にはヤナギが多いが、泥の溜まった河川敷にはオニグルミがよく見られる。北上川の花巻の方の河川敷で行けども行けどもオニグルミ林という所に迷い込んだことがある。
     日本にはクルミ科の樹木はオニグルミとサワグルミの2種しか自生していないがサワグルミの実は食用にならない。
     オニグルミはやや扁平な球形の整った樹形になり、遠方から見た樹姿は美しい。盛岡から秋田に向かう国道46号の滝沢村大釜の付近に、国道と堤防の間に樹高10メートルくらいの木が立っているが、これがオニグルミである。実に整った形のよい木である。堤防をつくるとき、よくぞこの木を残してくれたものだと思う。それとも後で生えてきたのだろうか。ここを通るドライバーでこの木の姿に心を奪われる人は多いと思う。

    オニグルミ
    国道46号沿い、
    滝沢村大釜の付近に立つオニグルミ。
    樹形の整った実に美しい木である。


     しかし、造園家がオニグルミを植える、ということは皆無に近い。私自身30年以上造園の仕事をしてきて、オニグルミを設計に入れたことは1度も無いし、他人の設計でも、またどこかの現場でもオニグルミを植えてあった、という経験は無い。その理由はオニグルミの木に近寄って行くとわかる。オニグルミの葉は光沢が無くザラついていて薄汚い。
    観賞用樹木というと花や実や秋の紅葉の美しさばかり注目されるが、よく考えてみると葉が美しい、少なくとも汚くない、ということはそれらにも増して必須条件なのである。なぜなら、花や実や紅葉の観賞期間は数日から長くても2~3週間であるのに対し、葉は北国の落葉樹でも6カ月は着いているし、常緑樹なら1年中である。
     他に美点があるにも関わらず葉が薄汚れて見えるために観賞樹木として使われないものとしては、たとえばクサギとヌルデがある。クサギは名前でも損をしているが、夏には薄いピンクの花、それに続いて珍しい青緑色の実が着いて美しいのに、葉に薄い産毛のような毛があって、薄汚れた感じを受けるために花木として植えられることがほとんど無い。
     ヌルデは光沢の無い暗灰緑色のザラついた感じの葉のために、秋の真っ赤な紅葉の美しさが強烈に目立つのに、植えられることが無い。

    水車小屋のそばに
     それならオニグルミは修景木としては全く見所の無い樹なのか、と言うと、こんなことを書いた人がいる。「山里の水車小屋を取り囲む樹林にはオニグルミがぴったりだ。いや、川辺にそびえる1本のオニグルミで充分だ。夏にはまた丸い緑の房がもう重たげにぶら下がっている。...」(倉田悟・濱谷稔夫『日本産樹木分布図集Ⅰ』)
     これを読んだときは「うーん、そうか。何も美しいだけが修景ではないのだ」と自分の未熟さを思い知らされた。なるほど、言われて見ればオニグルミの木の控え目で浮ついたところの無い樹姿、長年太陽の直射と風で渋茶色になった農夫の肌のような趣のある葉のテクスチュアーは山里の風景を象徴するかのようである。まことに水車小屋によく似合う。
     観察を深め、その木の本来育っている所をたくさん見て歩くことによって、風景の中に占めるその木の役割もより適切に把握できるのだ、ということをこの文から教えられた。

     ところで、外来種であるが、「菓子グルミ」とか「手打ちグルミ」と呼ばれるクルミがある。この木の葉は光沢があり明るい緑で樹形はやや立性の球形である。これは広い芝生のような洋風の風景にも合う。実を食用とするために植えられるが、そのまま修景木ともなる。



    「風景と樹木」バックナンバー
    第11話「ヤマナシ」
    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 第21回ネズミは至る所に―(2)

    2010年12月23日 17:01花林舎

    花林舎動物記
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     前回まで『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただいておりましたが、今回はふたたび「花林舎動物記」に戻り、第21回「ネズミは至る所に(2)」をお送りいたします。

    第21回「ネズミは至る所に―(2)」

    忍者ネズミ
     ネズミをとらえる器具は様々ありますが、一般家庭で一番よく使われるのは金網でつくった籠状のネズミ捕り器でしょう。我が家でもこれを使っているのですが、これではどうしても捕まらないネズミがいました。
     このネズミ捕り器は籠の中に餌をとりつける針金が下がっていて、ネズミがえさを食べようとすると留め金が外れてふたが閉まり、ネズミは籠の中に閉じ込められるようになっています。ふたが閉まっていればネズミがえさを引っ張ったということです。ところが、ふたは閉まって餌はなくなっているのにネズミはいない、ということが4~5回続きました。一回は、ネズミが入っていたのですが夜遅かったのですぐに殺してしまわずに、明日の朝処分しようと思ってそのままにしておいたら、翌朝にはネズミはいなくなっていました。このネズミは小さなハタネズミでしたが、だからといって金網の目の間から抜け出られるほど小さくはありません。まことに不思議です。どうやって抜け出したのか今もわかりません。しょうがないので、〝忍者ネズミ〟がいるのだということにしました。

    クマネズミ連続逮捕
     クマネズミは山の中には住んでいませんので、我が家に出没するクマネズミたちは、多分この家に引っ越してくる時に荷物の中に潜んでいて一緒にやってきたのでしょうが、ハタネズミほどしょっちゅう悪さをするわけではなく、たまに姿を見せるだけです。
     車庫の隅にガラクタを積み重ねて置いたあたりで繁殖したことがありました。犬たちが興奮してガラクタの周りを走り回るので「ネズミがいるな」と気づいて、ネズミ捕り器をしかけました。翌朝、行って見ると梅太郎(我が家の犬)が鼻を血だらけにして吠えています。なんとネズミ捕り器の中にクマネズミが4匹も入っていたのです。梅太郎はそのネズミたちを捕らえようとして、ネズミ捕り器に噛みついて鼻を血だらけにしていたのでした。クマネズミは大きいので4匹も入っていると動き回るのも不自由に見えるほどで、驚きました。それにしても、野生動物にしては警戒心の薄い動物だなと思いました。仲間が籠の中に入って出られなくなっていたら、警戒して近づかないようにするかと思いのほか、4匹も入ってしまうのですから。
     我が家の犬たちはネズミを捕るのが大好きで、ネズミを見ると気違いのように興奮しました(過去形になっているのは、年をとって全部死んでしまったからです)。家の前の広い麦畑の刈り取りが終ると、跳んで行ってハタネズミ探しをするのが常でした。1時間で10匹のネズミを捕ってきたことがあります。ネズミは捕らえても食べることはほとんどなく、いたぶっておもちゃにして遊んでいるだけでしたが、たまには喰ってしまうこともありました。こういう時にこっちの顔をなめられたらたまりませんが、知らないでそんなことになっていたこともあったかもしれません。
     勝手口に1坪ほどの下屋(げや。簡単な屋根と壁のあるところ)があります。ここに梅太郎の犬小屋を置いてありました。犬小屋といっても雨の当たらないところですから、ほぼ80センチ四方の単なる木の箱です。梅太郎は夜は外の犬小屋に寝るのを嫌がって、下屋の中で寝ていました。多分、夜にはキツネなどが徘徊することがあるので怖かったのでしょう。
     梅太郎が時々犬小屋の床を爪先でひっかいたり、床下に向かって吠えたりすることがありましたが、ある朝、梅太郎の小屋の上に長さ160センチほどの青大将が悠然と寝ていました。下では梅太郎が寝ています。梅太郎はこのころ蛇を見つけると襲いかかって胴体に噛みつき、振り回して殺してしまう習性を身につけていましたので、青大将が見つかったら大変です。それにしてもどこを通ってやってきたのでしょう。よく無事にこんなところにたどりついたものです。
     また別の日は、昼下がりのころでしたがやっぱり同じくらいの大きな青大将が下屋の入り口にいて、私が近づくとためらいもせずに下屋の中に入り込み、梅太郎の小屋の下にするすると潜っていってしまいました。ですから梅太郎が犬小屋の下に向かって吠える時は、青大将がひそんでいるのだろうと思っていました。
     ところがそうではありませんでした。梅太郎が死んでから中の汚れたワラを捨てるために犬小屋を外へ出したら、その下にクマネズミが数匹棲み着いていたのです。たちまち逃げて行ってしまいましたので何匹いたのか正確にはわかりませんでしたが5匹くらいはいたようでした。犬小屋を元に戻した後、ネズミ取り器を置いたら翌朝1匹入っていました。実に簡単に捕まったので拍子抜けしてしまったほどです。そして次の日も、また次の日も1匹ずつ入っていました。やっぱりクマネズミは警戒心が乏しいようです。次々に家族が捕まってしまうのに平気で次の逮捕者が出てくるのですから。結局この時は連続4匹捕まえて終わりました。ただ、毎日1匹ずつで、前の時のように一度に数匹入っているということはなかったのです。
     さてそれではこれで我が家に巣くうクマネズミは絶滅したかというと、そんなやわな奴らではありません。さすがに、最後のネズミは罠にかからなかったようで、しばらくしてからまた現れました。このような判断は何がさせるのでしょうか。不思議です。ネズミとの付き合いは永遠に続くでしょう。

    ネズミの殺し方
    ネズミ捕りの籠に入ったネズミ。 ネズミを捕まえると殺さなければならないのですが、いくら憎い相手でもこれは嫌な作業です。ネズミ退治の方法には実に様々なやり方があって、本が一冊書けるほどなのですが、捕まえたネズミを殺す方法としてもっとも簡単なのは水に入れて窒息死させることです。かわいらしいハタネズミはもちろん憎々しい面構えをしているクマネズミでも、籠ごと水の中に入れられて、慌てふためいて逃げ道を探して走り回りやがて動きが止まり、ぽかんと浮いてくる姿を見ていると哀れだなあと思います。苦しまないで死なせてやる方法はないものかといつも考えるのですが、ネズミは短時間で水死してしまうのでこれが一番いいのでしょう。
    粘着性の液が塗ってある厚紙にくっついて動けなくなったネズミ2匹。 粘着液を塗った紙にくっつけて捕まえる方法がありますが、厚紙の上に腹ばい
    になって必死になってうごめいているネズミを見ると、これはもっとも残酷な死に方かもしれないと思い、目をそむけてしまいます。誰がこんなものを発明したのでしょう。この方法でネズミを捕らえるたびに、自分はもう天国には行けないのではないかと考えるのですが、家の中に入り込むハタネズミには、この方法が最も効果的なのです。南無阿弥陀仏。



    第20回ネズミは至る所に―(1)
    第19回マムシ家族
    第18回インコと娘の涙-2
    第17回インコと娘の涙-1
    第16回蝙蝠との出会い
    第15回ダニの「あなた任せ」人生
    第14回山羊を飼う③
    第13回山羊を飼う②
    第12回山羊を飼う①
    第11回刺されても恐れず憎まずスズメバチ〈その3〉
    第10回刺されても恐れず憎まずスズメバチ〈その2〉
    第9回刺されても恐れず憎まずスズメバチ〈その1〉
    第8回ウメ太郎は何処に〈その2〉
    第7回ウメ太郎は何処に〈その1〉
    第6回妄想的汚水浄化生態園(2)
    第5回 妄想的汚水浄化生態園(1)
    号外編 原種シクラメン・ヘデリフォリュームの紹介
    第4回 ボーフラとオタマジャクシの知られざる効用
    第3回 哀しきマムシ
    第2回 アオダイショウは可愛い
    第1回 ナメクジ退治

  • 風景と樹木 第11話「ヤマナシ」

    2010年11月30日 10:21花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     今回も「花林舎動物記」はお休みとして、『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、第11話「ヤマナシ」を転載させていただいきます。

    ヤマナシ

    ヤマナシの実
     私が生まれ育った家のそばを流れる馬渕川沿いの崖の上に、1本のヤマナシの木があった。樹高は10メートルくらいだったと思う。
     衰弱していて、あまり花も咲かず、実も少ししか付かなかったが、取って食べてみたことがある。ピンポン球よりやや大きく、色は黄褐色、かじるのに苦労するほど堅く、甘味も薄く香りも感じられなかった。もっとも、まだ熟していない実をとったせいかも知れない、と今は思う。
     宮沢賢治の童話「やまなし」には、川に落ちたヤマナシがいい香りを放つ、というくだりがあるが、これは嘘だと私は自分の経験から、ずっと思い込んでいた。ところが2~3年前の新聞に「ヤマナシにはイワテヤマナシという変種があり、この実はいい匂いがする」という記事が載ったので、ヤマナシの中には賢治のいうように芳香を持つ実をつけるものがあることを知った。
     ということでヤマナシは一時話題になったのだが、このときも花については触れられることは無かった。ナシの花の美しさについては昔は注目する人もいたようであるが、今は庭木や造園樹木の本にも取り上げられることは皆無と言っていいし、季節の風物詩としても梅は別格としてもリンゴの花や桃の花に比べてはるかに取り上げられることが少ないのではないか。しかし、ヤマナシは花木として見直してもいい風格と美しさをそなえている、と私は思う。

    ナシとヤマナシ
     果樹としてのナシには、「ニホンナシ」と「セイヨウナシ」がある。(この他に「中国ナシ」があるそうだが、我国では栽培されていないらしい)。ニホンナシは球形で果肉の中に堅いブツブツがあり、果肉自体もかなり堅かったが、最近 の品種はずい分軟らかくなり、昔〝長十郎〟を食べなれた者にとってはこれがニホンナシか、と戸惑うほどである。
     ニホンナシはヤマナシを改良して産み出されたと考えられている。確かに長十郎などはヤマナシの実を数倍に大きくし、少しだけ軟らかくしたような果実で、誰が見てもヤマナシ起源であることが納得できる。イワテヤマナシ起源と思われる品種もあるそうだが、それは多分熟すと芳香を発するだろうから、将来は人気を呼ぶことが予想される。
     セイヨウナシは楽器のマンドリンに似た形―これを梨形、あるいは西洋梨形という―をしていて甘味が強く、果肉はねっとりとしていて軟らかい。セイヨウナシの原種はヨーロッパ中部から小アジアに自生していたらしい。
     大体、関東以西で暮らしてきた人にはセイヨウナシを知らない人が多い。セイヨウナシは我国の暖地では栽培し難く、北海道、東北、長野などの寒冷地が主産地となっているのである。逆にニホンナシは主として福島県以西の暖地で栽培されている。

    白い花
     ヤマナシは本州、九州、四国に野生状態で生育しているが分布は人里近くに限られ、また種子などは弥生期以後の地層からしか出土しないので、原産地は日本ではなく中国などから持ち込まれ、果樹として栽培されて広まったものだろうと考えられている。
     原種に近い、あるいは原種そのままのヤマナシはもちろん果樹としての価値は劣るが、品種物のように多量の肥料と農薬散布がいらず、放任しておいても育ち、実が着くから一般の民衆にとっては、果樹として植えておく意味があったのだろう。
     以前県北の葛巻町に仕事で通ったことがあったが、町の主要道に沿ってヤマナシの木が点々と見られ、白い花が満開の頃はいかにも集落の春といった風情があって、いいなあと思った。同じく白い花であるがコブシは山野に咲くので、集落の中で咲くヤマナシとは趣が異なるのである。
     ヤマナシの木は樹高15メートルほどにもなるのでこれが純白の花で覆われた状態は見事である。葉は光沢があり、樹形も整うので花木としてもっと重視されてもよいと思うのだが、意外に人気が無いのは白花だからであろう。
     白い花は間近で見ると美しい。他のどんな花よりも美しいと思うこともある。しかし離れて見るとたちまち魅力は失われるのである。例えばサクラが全て白花だけだったらさほどの人気は出なかっただろう。バラもシャクナゲも人気のある花の大半はピンクや赤であって白花は変化の一つとして植えられるのである。
     それでも私は、大きな庭園であればこの純白の花を樹冠いっぱいに咲かせる大木が1本くらいあってもいいと思う。ヤマナシはそれだけの上品な風格のある樹木である。
     また、山里などで自給自足の頃の懐かしい集落風景を演出する材料としても効果がある。「ヤマナシの里」という語感もよい。ヤマナシは以前は各地に大木があって地域の人に親しまれていたのではないだろうか。「島原地方の子守唄」に〝おどま島原の梨の木そだちよ〟という詞があるが、これは〝梨の木〟という地名があった、と解釈できる。
    ヤマナシの木は集落に近いところにしか見られないそうである。

    〝梨の木の分れ〟
     学生の時、観光旅行で九州を廻り、最南端の町まで行った。ここで知人の実家に泊めてもらい、初めて芋焼酎を飲まされたが、酒にはからきし弱い私はいくらも飲めなかったので、知人のお父さんをがっかりさせてしまった。
     翌日、岬を見に行った。乗り合わせたバスの20歳ばかりの車掌が実に美しい人だった。声もまろやかでやわらかく、私は景色を見るのはそっちのけにして、呆然として彼女の方ばかり見ていた。こんな田舎に(といっては失礼であるが)なぜこんな人が、とどうしても信じられなかった。多分私の生涯で出会った最も美しい人ではないか。
     この人が優しい声で「次は梨の木の分れでございます...」と言ったのを覚えている。大きなヤマナシの木が目印となっている分れ道があったのだろう。
     それから30年以上経ったある年、知人夫婦(定年退職後あの南端の町に帰って住んでおられた)が我家に遊びに見えた。雑談の最中、私がふと思い出してあのバスの車掌の話をした。30年以上も昔のことだから彼女のことなど知っているはずはない、と軽い気持ちで話したのである。ところが、知人夫婦は顔を見合わせてうなずき合ったかと思うと、奥さんが「あの子のことね、きっと」と言ったのである。驚いてしまった。それ程の評判になるような人だったのだ。
     それからちょっと言いよどんだ後で奥さんが付け加えた言葉に更に驚かされた。「あの子はヤクザの奥さんになっちゃったの」。
     美しく生まれることは幸せをもたらすことが多いが、時にはこのような運命も招き寄せるのだ。ヤクザといってもいろいろな人がいるだろうから推測で言ってはいけないが、あのような小さな町でそのような人に目をつけられたら逃れようが無かったのだろう、と私は想像した。
     孫をあやして島原の子守唄を唄うとき、私はいつものあの「梨の木の分れ」の人を思い出す。
     そして、全国にもきっとたくさんのヤマナシの名木があり、それぞれにまつわるさまざまな人生があったのだ、と思うのである。


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    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 第10話「カツラ」

    2010年10月28日 15:11花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     今回も「花林舎動物記」はお休みとして、『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、第10話「カツラ」を転載させていただいきます。

    カツラ

    美しいカツラ
     カツラは美しい樹木である。
     日本人がそう思うだけでなく、イギリスで出版された造園樹木の本にも、カツラは「もっともラブリーな落葉樹の1つであり」「グレイスフルな木である」という解説文が載っている。
     〝ラブリー〟という語の意味は、手元の英和辞典によれば「(目も心も引きつけられるように)美しい、かわいい」ということで、〝グレイスフル〟は、「優雅な」「上品な」という訳語になっている。英語の単語の正確なニュアンスは私にはよくわからないが、カツラの樹姿から受ける印象は、〝ビューティフル〟や〝プリティ〟ではなく、〝グレイスフル〟だろうと思う。
     カツラの樹形は一般の広葉樹とは異なる。例えばケヤキの姿を浮かべてみよう。下の方には太い幹があるが上の方では幹と枝の区別が無くなり、四方に枝が広がっているばかりである。
     一方スギのような針葉樹はてっぺんまで明らかな幹がまっすぐに立ち上がっていて、それから比較的細い枝が出ている。カツラの樹形はケヤキよりスギに近い。広葉樹でこのようにはっきりと幹が上まで通っているものは少ない。
     若木の時カツラの枝は斜め上に向って伸び、樹形は三角錐になる。個体変異があるが、ほっそりとしたスマートな樹形のものが多い。
     ところが老木になると同一樹種と思えないほど樹形が変ってしまう。ただそれでもやっぱり〝優美〟で〝上品〟なところが、カツラの偉いところで、妖精のような少女が河馬のような大人に変わってしまう人間とは根本的に異なる。
     カツラの美しさは単純な形の丸い葉に負うところが大きいと思う。シンプル・イズ・ベストである。カエデのように切れ込んだ葉にはまたそれなりの美しさがあるが、通直な1本の幹と、それから斜上する細い枝に丸い葉が並んでついている、というシンプルな構成がカツラの上品な美しさの基本原理となっているのだと考えられる。
     新緑のころは、どの木も美しいのだがカツラの新緑の輝きはとりわけすばらしい。
     萌えはじめは豆粒のような葉が枝に点々と現れて朝日に水玉のようにきらめいているが、日に日に大きくなり少し赤味を帯びて、遠目には小さい花が咲いているのかと見間違えてしまうが、実際に糸くずのような紅い花も咲くのである。
     カツラは雌雄異株であるが、雄木は特に若葉の赤味が濃いとのことである。秋の黄葉はイチョウほど鮮烈ではないが、目立つものの1つといって良いだろう。若木では紅葉といって良いほど赤くなるものもある。

    若いカツラの樹形

    カツラの並木はありそうでなかなか見当たらない
    千本桂
     生まれ故郷の小学校から2キロくらい離れたところの道端に泉が湧いていて、そこにカツラの大木があった。
     このカツラは地際から数十本の幹が立っていて、それらを合わせた根元の直径は2メートル以上あったのではないかと思う。樹高も見上げるほどの高さで子供心にもすごい木だと思った。泉はこのカツラの下から流れ出していたことも印象に残っている。
     遠足の時に1、2度この前を通ったことがあるし、仲の良い友達の1人がこっちの方に住んでいたのでこのカツラは何回か見たが、その度に畏敬の念に打たれたことを覚えている。巨木は子どもの心にも強い印象を与えるものだと思う。だから、小学校や中学校の庭というものは、実はかなり重要なものなのである。
     盛岡から宮古方面に向う国道沿いに天然記念物の「千本桂」がある。これはすごい。私の郷里にあったカツラの大木も遠く及ばない。さすがに千本はないが、数え切れないくらいの幹が立って1本の木で小さい森を作っているような趣である。
     カツラの老木にはこのように多数の幹が立つ、いわゆる「株立」のものがかなり見られる。コナラやクヌギの薪炭林も株立ちであるが、これは伐採された切り株から萌芽して再生したもので通常4~5本、多くても20本以内であるのにカツラの老木は100本を越えるほどの幹立ちのものがある。これだけ多数の幹が立つという現象は伐木・再生だけでは説明がつきにくく、根元からひこばえが発生してそれが成長するためにこれほど多くの幹が立ち上がるのであろう。
     しかし、巣幹の大木も普通に見られるからどういう場合に千本桂になり、どういう場合に巣幹の大木になるのか、どなたか調査した方がおられたらご教示たまわりたい。

    カツラの育つ場所
     カツラは渓谷沿いや泉の湧いているほとりに生えていることが多い。水分と養分がたっぷりあって、停滞しないで動いている水の場所である。しかも、ほとんど1本だけで生えている。自然植生の中でカツラが群生している状態のものはまだ見たことがない。しかし、植えればカツラの群生もできるから、条件が揃えばカツラの自然林もどこかにはあるのだろう。是非見たいものである。
     岩手を通る高速道のインターチェンジやサーヴィスエリアにもカツラはたくさん植えられたが良好な生育をしているものは1本もなかった。10年程前に福島県から青森県までのインターチェンジ、サーヴィスエリア、パーキングエリアの樹木の生育状態調査をしたときに判明したのだが、不良な土壌条件にもっとも弱い樹種がカツラであった。造成した土地は土も固く、透水性も悪く、養分も少ない。それを徹底的に改良して良土層が厚さ1メートルにもなるようにして植えればいいのだが、たいていは小さい植穴を掘ってその中だけ客土をして植えるので、貴婦人のようなカツラはようやく気息えんえんとして生きているだけとなる。
     だからカツラは街路樹には向かない。街路樹の植桝は小さく、乾燥しやすいからである。
     市街地の街路樹ではなく、大きな公園内とか、田園の道路沿いの良土がたっぷりとあるところに植えてやれば、本来の優美な姿を見ることができるだろう。
     冷涼な気候を好むから、東北や北海道にカツラの並木や森がもっと増えてもいいと思う。土が良ければ1年で1メートルも伸びるから名所となるのにも、さほど時間はかからない。



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    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 第9話「ダケカンバ」

    2010年9月29日 18:28花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。

     今回も「花林舎動物記」はお休みとして、『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、第9話「ダケカンバ」を転載させていただいきます。

    ダケカンバ

    春のダケカンバ
     北国の山地に生える樹木のうち、シラカバはもっともよく知られた人気のある樹種であるが、同じくらい普通に見られ、樹姿も似ているダケカンバについては知らない人が多い。いや、知らないというより、これもシラカバだと思っているのだろう。
     岩手県でもっとも容易に大量のダケカンバを見ることができるのは八幡平のアスピーテラインである。
     まず松尾からアスピーテライン入口の料金所に着くまでの登り坂の両側に続くシラカバに似た樹木の密生林、これがダケカンバのやや若い林である。そう言われれば「樹皮の色が茶色を帯びていて真っ白ではないなあ」と気づくだろう。
     松尾鉱山から排出された硫酸を含む煙のために森が枯れてササ原になった一帯を過ぎ、ほぼ平坦な道を走行するようになると、見渡す限り、アオモリトドマツとダケカンバの森になる。あるところはほとんどアオモリトドマツ、あるところは半分以上もダケカンバと、この二つの樹種の割合はまちまちであるが、春の新緑の頃はアオモリトドマツの暗緑色とダケカンバの鮮緑との対比が、とても美しい。
     ある年の5月、東京で造園のデザイナーをしている友人を案内した時、この二つの緑の比率がどれくらいだと最も美しいだろう、と彼が言い出して、あっちの森、こっちの森と見比べたことがある。結論は忘れてしまったのでまた山の雪解けのころ行って見なければと思っている。このころ、林床にはまだ1メートル近い雪が残っているのに、落葉樹はどんどん若葉を萌えださせるのである。

    シラカバの葉 ダケカンバの葉

    秋のダケカンバ
    6月、7月、8月とやや淡い緑の葉を繁らせていたダケカンバは9月の末から10月の始めにはもう黄変し、寒い風が2~3回吹くとたちまち落葉してしまう。
     運が良ければ、このつかの間のダケカンバの黄葉が、雲一つ無く晴れた真っ青な空を背景に、秋の陽を浴びてキラキラと輝いているのを仰ぎ見ることができる。それは美しいけれども哀しくて、何か遠い過去に見たことのように思えて、黙って眺めているうちに、自分はこのまま遠い異次元の世界へ行ってしまうのではないか、と恐くなってしまったことがある。

    群生と孤立
     カンバの仲間は我が国には10種ほどあるが、シラカバ(シラカンバ)、ダケカンバ、ウダイカンバの3種はかなり多く見られるものの、他の種は分布が限られている。
     シラカバは時に数万本もの純林を形成し、ダケカンバもそれほどではないが純林に近い林をつくることがある。
     ところがウダイカンバは他の樹木の間に点在するだけで、決して純林をつくることは無い。研究者の観察によるとウダイカンバが隣り合って生え枝が触れ合うようになると、必ず一方が枯れてしまうのだそうである。
     同じカンバ属の樹木が一方は多勢の仲間と一緒に育つことを好み、他方は仲間を峻拒する。不思議であるとも言えるし、自然の本質はそのような多様性にあるのだ、とも言える。

    若木の形と老木の形
     樹木の中には若木の時の樹形と、老木になった時の樹形があまり違わないものと、大きく変形してしまうものがある。
     ケヤキ、スギ、ヒノキ、トドマツ、カラマツ、シラカバ、ポプラなどは前者であり、カツラ、ダケカンバ、ハンノキ、アカマツなどは後者の例である。
     ダケカンバは若木の時は直立して真っ直ぐに伸び、シラカバの樹姿とよく似ている。樹皮の色が茶色を帯びていることで何とか区別できる程度である(細かく見れば葉の形も少し違うが)。ところが老木になると、樹形は球形かそれを少し押し潰したような形になる。下枝は無くある高さまでは幹だけであるが、その上は数本の太い枝に分かれ、どれが幹だかわからなくなる。
     枝は捻じ曲げられたように不規則に曲がって、若いころのスマートな形とは似ても似つかぬものになっている。強風と豪雪という厳しい自然環境がこのような形にしてしまったのか、ダケカンバのひねくれた遺伝子がこのような形にさせたのか。
     遠目には白い樹皮と明るく軽快な樹姿が、近寄って見ると怪物のように曲がりくねった太い枝の異様な姿に変わって驚く。
     アオモリトドマツの濃緑と対照的に優しい緑のさわやかな姿であったダケカンバが魔法の国の森の木のように恐ろしげな形で迫ってくる。こんな木は日本には他に無いと思う。

    ダケカンバ

    生きのびる罪
     山に道路を通したりして裸地が生じた時、近くにダケカンバの成木があると、2~3年のうちに裸地にすき間もなくびっしりとダケカンバの稚苗が生えてくることがある。驚く程の数である。数百本、数千本の稚苗のうちたった1本だけが生き残って老木になる。
     人もそのような自然の原理に従って生きているのだろうか。それとも、違う原理を発見したのだろうか。



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    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 第8話「ベニヤマザクラ」

    2010年8月31日 19:14花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。 「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     「花林舎動物記」は数回お休みとなりますが、今回も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただいきます。  
     今回は第8話「ベニヤマザクラ」をお送りいたします。

    ベニヤマザクラ

    山にも里にも名桜あり
     3月末ごろ、東京で桜が咲いたというニュースがTVや新聞を賑わすと、日本全国が春になったような錯覚に陥るが、このころ岩手ではまだ冬と春が行きつ戻りつしていて、ドサッと雪が積もることも珍しくない。
     盛岡周辺で桜が満開になるのは、それから1ヵ月後の4月下旬である。岩手でも花見の名所の桜はほとんどソメイヨシノであるが、このころ山ではベニヤマザクラが咲く。
     ベニヤマザクラには「オオヤマザクラ」「エゾヤマザクラ」と、別名が2つあるが、赤味の濃い花の色からつけられた「紅山桜」という呼び名が、その姿にもっともふさわしい。
     関東から南に住む人の大半はこの桜を見たことがないだろうと思うが、ソメイヨシノなど足元にも及ばない美しい桜である。
     ただし、野生種であるベニヤマザクラは、花色、樹形、花着きの良し悪し、開花と展葉の時期などかなりの変化があり、すべての個体が美しいわけではない。
     しかし、本当にため息が出るほど美しい個体が、どの町や村にも大抵数本以上(隅々まで見て回っているわけではないから、実際にはこの何倍も)見つかる。
     高校の校門前で、この学校出身の美女を全部集めて、そのエッセンスをまとめたような輝きを放っていたベニヤマザクラ。
     あまり冴えない閉鎖間近のような工場のフェンス沿いに点在して、場違いのような美しさを誇っていたベニヤマザクラ。
     その前をよく通る郊外のラーメン屋の裏に、突然妖艶な花の雲となって現れ、たちまち散ってしまうベニヤマザクラ。
     普段人が訪れることもない開拓地の畑の外れに一本だけ、辺りを圧して気高く咲いていたベニヤマザクラ。
     冬には強風吹きすさぶ山頂に山の春の光の精のようにキラキラ光って立っていたベニヤマザクラ。
     ―――山里や自然の山地で巡り会う桜は、その花に加えて、背景となる風景と光の状態がマッチした時、思わず息をのみ、立ち尽くすほどの美しさを示す。

    選び抜いた紅山桜の名所を
     何年か前に県北の村を訪れたが、そこではとりわけ色の濃い、しかし色調がやや特異なベニヤマザクラが数本あった。
     私の家の前には色は薄いピンクであるが、大輪で気品のある美花をつける樹がある。これは岩手山南麓で見つけた大木から増やした苗を植えたものである。
     ベニヤマザクラの花の季節に、岩手の隅々まで歩いて、たくさんの名桜を見出したい、という願いを30年前から抱きながらまだ実行していない。きっと、さまざまな美しさを秘めたベニヤマザクラが数多く存在していることだろう。
     東北には弘前城や角館のような全国に知られた桜の名所があるが、もしベニヤマザクラの優品を100系統選び抜いて、それをそれぞれ10本ずつ、計1000本を植えた桜園を造ったら、弘前も角館も「恐れ入りました」と頭を下げざるを得ないような名所になるだろう。
     一昔前のイギリスなどでは、大金持ちがこのようなことを道楽としてやったそうだ。このところ落ち目の日本ではあるが、数10億円程度の金を持っている人は意外に多くいるらしい。そういう中のたった1人でいいから、その金をロクでもない息子や娘に無駄遣いされるより、桜を恋人にして余生を過ごそう、などと考えてくれないだろうか。
    県北の町で白壁の蔵の前に咲いていたベニヤマザクラ。植えたものか、自生したものを切らずに残したのかは、わからない。

    ソメイヨシノは空か雲のごとし
     花見の名所の桜はほとんどがソメイヨシノであるが、これはなぜだろう。長い間考えていたが、わからなかった。しかし、ある年の春、ベニヤマザクラをたくさん植えた公園を歩いていて、ふとその答えがわかった、と思った。
     ある桜研究家は「ソメイヨシノは樹体が大きく、横張り性のゆったりとした樹形になって、花数が多く、葉が全く出てこないうちに花が咲く」ことが花見に向くのだ、という解釈を披露した。これはいかにも科学者らしい論理的な分析であり、なるほどと納得した。
     しかし、私はこのほかにもう一つ重要な理由があると思う。ソメイヨシノは〝気にならない〟花なのである。ほとんど白に近いが眩しい白ではなく、霞か雲のような穏やかさで、ゴザを敷いてご馳走を食べ、酒を飲んでいる時に、絶えず視野に入っているのに気にならない。空や雲のような存在になってしまうのである。
     ところが、赤味の濃い美しいベニヤマザクラや八重桜の下だと、花が刺激的で〝気になって〟落ち着かない。したがって、花見の桜にはソメイヨシノが良い、というのが私の〝発見〟である。

    「花より飲み食い」の理由
     また、人々は花見というとなぜ、桜を見ることは早々に切り上げて、あとは飲み食いに精を出すのか。その答えは「同一種大量植栽タイプの名所は退屈だから」である。
     ソメイヨシノが数百メートルも続いている場所は、確かに壮観である。しかし、5分も見ればもう同じ風景の連続で飽きてしまう。だから飲み食いでもしないと時間を持て余してしまうのである。
     しかし、こういう花見のスタイルも楽しい。昔、東京の上野公園の大群衆の花見を見た時にそう思った。ただし、見る対象は人である。花見に来てタガを外して楽しんでいる人々を見ていると面白くて、時間の経つのも忘れる。
     しかし、他方では純粋に桜の美しさを愛でる桜の園も欲しい。それは公共事業で造るのは難しい。奇特な大金持ちと1人の桜気違いと自然条件を熟知した風景計画家のトリオが組まなければ実現しないだろう。
     幻のベニヤマザクラの園を夢見て、今宵は久し振りに飲めない酒を温めるとしよう。


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    第7話「シンジュ」
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    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 第7話「シンジュ」

    2010年7月29日 11:04花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     前回は「花林舎動物記」を掲載いたしましたが、今回から数回は再度『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただいきます。  
     今回は第7話「シンジュ」をお送りいたします。

    シンジュ

    何の役にも立たない木
     シンジュはいまでは日本の広い範囲に野生化しているが、元々は中国中北部原産の落葉高木である。英語では〝ツリー・オブ・ヘブン(天国の木)〟というが、日本では〝神樹(シンジュ)〟と称している。ただし、本来の意味は〝天まで届くほど大きくなる木〟ということで、天国や神とは無関係である。
     原産地の中国では、この木を〝樗(ちょ)〟と呼ぶが、これは「何の役にも立たない」という意味だそうだから、わが国では神樹というと聞いたら、笑い出すかもしれない。
     確かにシンジュは薪にも炭にも用材にも向かない、役に立たない木であるが、この木の葉を食べる蚕の一種があって、第二次大戦中はわが国でも山野に植えられ、シンジュ蚕から生糸をとる研究が行われていたそうである。しかし、いまはシンジュ蚕を飼っているという話はどこからも聞こえてこないから、やはり〝樗〟なのであろう。
     そんなシンジュにも一つ取り柄がある。樹姿が美しい。人間でも何の役にも立たないのに容姿だけは美しいという輩がごろごろしているが、シンジュは人と違って美しさを武器にして悪事をたくらんだりはしない。

    シンジュの樹形
     盛岡市の北上川にかかる夕顔瀬橋のたもとに一本の大きなシンジュの木がある。私の目測では樹高およそ15メートルであるが、実際には何メートルであろうか(以前ある自然観察の会で一本の木の樹高の当てっこをしたら、15メートルから40メートルまでの数字が出て、一般の人の目測というものが、いかに当てにならないかが強く印象に残っている)。
    夕顔瀬橋たもとのシンジュ。 日本で野生化しているとはいっても、都市の中でこれだけの大きさになって、しかもほとんど建造物や他の樹木に成長を阻まれることなくこのように伸び伸びと枝を広げて育っているシンジュは珍しい。見事に均整のとれた美しい樹姿で、車でここを通るたびに見惚れて、危うく後ろの車に追突されそうになる。葉の付いている時期も良いが、落葉して枝だけになったときの姿の方が私は好きである。
     シンジュの樹形の特徴は、比較的狭い扇形で枝が粗く力強いタッチになっていることである。ケヤキの枝が細く細く分かれて、細筆で丁寧に描き込まれた日本画だとすれば、シンジュの枝は木炭でグイグイと荒っぽくなぞられた素描のような趣である。
     シンジュの葉は羽状複葉といって、植物について知識のない人が見れば十数枚に思える葉が実は一枚で、大きいものでは一枚の葉が1メートルもあるから、これが付着している枝はよほど太くなければ折れてしまう。というわけでシンジュの枝は太い。そのため、枝ぶりもやや粗っぽくなるのである。
     若い時のシンジュの樹姿は、誠に味も素っ気もない。4~5メートルくらいまでは枝はほとんどなく、ただ棒っくいが立っているようである。枝があっても、スリコギのように太いのが無愛想に飛び出しているくらいで、葉がついていればなんとか様になるものの、落葉期にはひたすら「早く大きくなれ、大きくなって夕顔瀬橋際の木のように美しくなれ」と祈るばかりである。だから「シンジュの木を植えましょう」というのは勇気がいる。施主を説得し、納得してもらうには、資料をしっかりと揃えておかなくてはならない。手の付けられない暴れん坊の子どもを「そのうちきっと立派な大人になる」と信じてじっと見守る親のような寛容な心で、シンジュの成長を見ていかなければならない。

    強健で成長は速い
    大連市のホテルの庭にあったシンジュ。 中国の大連市には、さすがに原産地だけあってシンジュが多かった。戦前は日本人が住んでいたという旧い住宅地にもあったし、外国人用のホテルの広い庭にも立派なシンジュがあった。
     もっとも、大連は〝アカシアの大連〟と呼ばれるように、街のシンボルはアカシア(正しくはニセアカシア。本物のアカシアはオーストラリア原産の樹木で、寒地では育たない。ちなみに西田佐知子が歌った『アカシアの雨がやむとき』のアカシアもニセアカシア)になっていて、毎年アカシア祭りが行われるほどである。
     ニセアカシアは北米のやや乾燥する地方の原産らしいが、その木が街のシンボルとなっているということは、大連は雨が少ないということを示唆している。実際、大連の年間降雨量は盛岡の3分の1しかない。
     従ってシンジュも雨の少ないアルカリ性土壌のところにも耐えて生育できる強健な性質の樹木であることが推察できる。
     もっとも、大連で見たニセアカシアの多くは、成長不良でいじけた姿であったから、シンジュも厳しい自然条件にじっと耐えているのだろう。日本のように雨の多い国にやってきたシンジュはかえって喜んでいるのかもしれない。
     子どもの頃、寺の墓地に生えていたシンジュは、見上げるような高さまで真っすぐに幹が伸びて枝は上の方にしかなく、まさしく〝天まで届くほど高くまで伸びて〟いくように見えたが、そのために邪魔になったのか、いつの年か伐られてしまった。子ども心にがっかりしたことを覚えている。どこまで大きくなるだろうと楽しみにしていたのである。

    世界中に広まったシンジュ
     成長は早く、幹が太るのも速いから街路樹のように小さい植桝に植え、伸びると枝を切られる、といった条件のところには適さない。札幌で太った豚が小さい檻に閉じ込められたような見るも無惨なシンジュの街路樹を見たが、あれを植えた人はどういう気持ちでいるのだろう。
     アメリカ東海岸のボストンにもどういうわけかシンジュの街路樹が多かった。こっちは広い植栽地に植えられて伸び伸びと大きく育ち、レンガ造りのアパート群とよく調和していた。
     ヨーロッパでもシンジュはあちこちで見かけた。中国では樗と呼ばれてさげすまれても、丈夫な性質と大らかで美しい樹姿を武器にしてシンジュは世界中に広まっていったのである。
     シンジュの種子は風に乗って遠くまで運ばれ、思わぬ所で発芽することもある。こんな秘密兵器もシンジュが広まっていくのには大いに役立っている。


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  • 第20回ネズミは至る所に―(1)

    2010年6月29日 10:54花林舎

    花林舎動物記
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     前回まで『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただいておりましたが、今回はふたたび「花林舎動物記」に戻り、第20回「ネズミは至る所に(1)」をお送りいたします。

    第20回「ネズミは至る所に―(1)」

    ネズミの足裏の感触
     ある年の真夏の夜、この地では珍しく熱帯夜で私は肌着一枚で何も掛けずに寝ていました。夜中に何かが腹の上をトットットと走って行ったような気配で目を覚ましました。真っ暗な中で、目が覚めているのか夢の中なのかも定かではなくぼんやりしていたようでしたが、また眠りに落ちてしまいました。ところが次の日の夜は、床についてどれくらいたったでしょうか、まだ意識がはっきりしている時に昨夜とまったく同じ感触で、何者かが腹の上をトットットと駆けて行きました。しかも、行ったと思ったらすぐにまた戻ってきて、また腹の上を駆けて行きました。柔らかいとても小さい足裏の感触が生まれて間もない人間の赤ん坊の掌のようでした。このような小さな足裏を持っていて、夜中に家の中を走り回る動物はネズミ以外に考えられません。私は飛び起きてパッと電気をつけました。
     いました。やっぱりネズミでした。小さい灰色のネズミが急いで開いていた押し入れの中に駆け込む姿が見えました。ハタネズミでした。
     我が家には2種類のネズミが住みついています。一つはイエネズミ(クマネズミとも言う)でこれは街で普通に見られるネズミです。尻尾を含めない体長が20センチほどになりますので、成長したクマネズミはちょっと怖い感じがします。もう一種は小型のハタネズミで、畑や牧草地や山林に住んでいて、冬にチューリップの球根などを食べてしまうのは、たいていこのネズミです。いろんな悪さをしますが、姿は可愛らしく怖いという感じはありません(このほかにどうもハツカネズミではないかと思われるとても小さいネズミもときどき見かけますが、はっきりしません)。
    ハタネズミ



     ハタネズミは、夜になると我が家の家の中を走り回って穀物やお菓子を食べているようです。また、本の後ろなどに大豆や小豆が転がっていることがあり「どうしてこんなところにあるんだろう」と妻に聞くと、「それはきっとネズミでしょう」と言われてネズミも食べ物を保管しておく習性があるのだと知りました。
     腹の上をネズミが走り抜けた経験は残念ながらその時だけですが(布団を掛けて寝ている時に走っていても気がつきませんから実際にはもっと頻繁にあったのかもしれません)、自動車を運転しているときに足の甲の上を往復されたことがあります。これも感じからしてハタネズミだったと思います。以前会社で同僚だった女性が、車を運転中にハチが飛び込んできたので恐怖のあまりパニック状態になって、対向車線に飛び出してしまったことがあったそうです。幸い、交通量の少ない場所で向こうから来る車がなかったので事故にならないですんだそうですが、運が悪ければ即死につながる行動です。こういうことにならないように、真に危険な動物とそうではない動物とを区別し、むやみに「キャーッ」と金切り声をあげない人間になるような教育が必要です。私はもちろんネズミが足の上を歩いたくらいは何でもありませんから、そのまま運転を続けました。家に帰ってから座席の下などをのぞいてみたのですがネズミは見つかりませんでした。

    ハタネズミの巣
     我が家の暖房は薪ストーブですが、割った薪を今は2年間積んで乾燥させています。一年間では日の当たるところだといいのですが、直射光が当たらないところでは十分に乾燥しないようです。薪を取り崩しているとときどき中からネズミの巣が出てきます。薪の隙間につくっている巣ですから大きいのはありません。全てハタネズミの巣だろうと推測しています。巣の材料は、繊維状の木の皮、落葉、ビニールのひも、布の切れっぱしなどですが、どこから持ってきたのか軍手が一つ丸ごと使われているのがありました。これらの巣は多分、子育て用の巣でしょう。一度だけですがまだ目も開いていない、赤裸の子ネズミがキーキー泣いている巣が見つかったことがあります。
    道具箱の後ろにあったネズミの巣。青大将がひそんでいた。 そのほかいろいろな場所で巣が見つかりますが、今は書類や資料置き場になってしまいめったに行かなくなった事務所の本棚を整理していたら、文庫本の後ろにネズミの巣があったのには驚きました。文庫本は高さも幅も小さいので少し手前に出して並べて置いたのですが、その裏の5センチほどの空間に巣をつくっていたのです。よくこんなところを見つけたものです。
     古い物置小屋を壊すことになって、棚の上からカナヅチなどを入れておく道具箱を下ろしたらその後ろに、これは珍しく大きい巣がありました。大体幅30センチ、奥行き10センチもありましたから子育て用ではなく、棲息用の巣だったのでしょう。あるいはクマネズミの棲家だったのかもしれません。大部分は落ち葉で木の皮やビニールのひもも交じっていました。ネズミにとっては家でも、人間が見ればごみですから捨てようと思って、素手でふんわり重なっている落葉を握りました。すると、ひどく薪を積んだ隙間につくられたネズミの巣。ネズミの巣近くに蛇のヌケガラ。弾力のあるゴムホースのようなものをぎゅっと握ってしまったのです。思いもかけないものの感触にびっくりしてパッと手を引っ込めたのですが、やがてそこから1メートルを少し越えるくらいのやや小さめの青大将がゆっくりと姿を現し、「せっかくいい気持ちで寝ていたのにひどいなあ」というような表情で2~3秒私を見つめ、それからゆっくりと落ち葉の中にもぐりこみ、棚板の隙間から逃げて行ってしまいました。もしかすると巣の中にいたネズミを腹の中に納めて、消化し終わるまでそこで寝ているつもりだったのかもしれません。それにしてもマムシでなくてよかった、と思い出すと背筋がぞっとします。


    第19回マムシ家族
    第18回インコと娘の涙-2
    第17回インコと娘の涙-1
    第16回蝙蝠との出会い
    第15回ダニの「あなた任せ」人生
    第14回山羊を飼う③
    第13回山羊を飼う②
    第12回山羊を飼う①
    第11回刺されても恐れず憎まずスズメバチ〈その3〉
    第10回刺されても恐れず憎まずスズメバチ〈その2〉
    第9回刺されても恐れず憎まずスズメバチ〈その1〉
    第8回ウメ太郎は何処に〈その2〉
    第7回ウメ太郎は何処に〈その1〉
    第6回妄想的汚水浄化生態園(2)
    第5回 妄想的汚水浄化生態園(1)
    号外編 原種シクラメン・ヘデリフォリュームの紹介
    第4回 ボーフラとオタマジャクシの知られざる効用
    第3回 哀しきマムシ
    第2回 アオダイショウは可愛い
    第1回 ナメクジ退治

  • 風景と樹木 第6話「コナラ」

    2010年5月28日 10:25花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しておりましたが、3月から数回は趣向を変え、植物の観点からのお話を掲載いたします。
     『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から「花林舎動物記」の作者である(株)野田坂緑研究所 所長 野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただきます。
     今回は、第6話「コナラ」です。

    コナラ

    滋味ある美しさ
     コナラは景観木として見る場合、若齢のコナラ林(あるいはいわゆる雑木林の中に混じって生育しているコナラの若木)の風景と、大木になった孤立木の姿とは、区別して考えるのがよいと思う。
     四十年ほど前までコナラは木炭や薪の原料として育成され、純林に近いコナラ林も広く成立していた。
     コナラ林は二十年~三十年くらいの伐期で伐採され、切株から発生した新梢が伸びてまたコナラ林になるということの繰り返しで維持されてきた。その名残のコナラ林が、県内にはまだところどころに残っている。もっとも、そのような森林ではコナラは、今では樹齢六十年くらいの壮齢木になっている。
     こんな雑木林の初冬の風景が、私は好きである。葉は落ち尽くして林内は明るい。まだ新しい清潔な落葉が踏むたびに乾いた音をたてる。この時期は森を訪れる人もなく、立ち止まると、たまに遠くで鳴く鳥の声のみ。
     そして、斜めに差し込んだ弱い冬の日を浴びてコナラの灰色の幹が鈍く光っているのを見る時、私はその美しさに強く心を揺さぶられるのである。
     美しい、と言ってもそれは若い女性の華やかさや、ハンサムな青年の整った美などとは全く異なるもので、例えば辛い人生を純真な心で耐え抜いてまっすぐに生きてきた人が、老年になって皺の寄った顔にふとよぎらせるような滋味ある美しさである。
     人々はその美しさに容易には気付かない。しかし、ある時不意にそれを発見し、サクラやバラの美とは異質の美に感動するのである。
     それは〝美しい〟という表現では説明できないような気もする。穏やかで、安心でき、癒されて、懐かしい―そういった感じである。そして、何度見ても飽きない。
     コナラは春にはまた違った姿を見せる。
     コナラの新緑は遅い。色も他の樹木とは違い、白っぽいので遠くから見てもコナラの山は区別がつく。宮澤賢治は〝ナラの林が煙る時...〟と表現したが、光るような、煙るようなコナラ林の新緑は、普段服装に無頓着な男がおしゃれをしたようで、なにかおかしい。
     芽吹いたばかりの緑の中でベニヤマザクラの紅い花が咲いて散り、入れ代わりにカスミザクラの白い花が咲いて散る頃、コナラの新緑が灰白緑色にけぶり、岩手は春たけなわとなる。

     秋の葉の色づきもコナラは遅い。他の木々の落葉が散り敷いた後、コナラの褐色の葉は樹上に長く残っている。褐色といっても、晴れた日には陽光を反映して明るい。全山コナラで覆われた山は、このころ膨れ上がって大きくなったように見える。モミジほどの美しさはないが、かなりどぎつい色である。



    大木になるコナラ
     コナラは〝小楢〟で、大木にはならない、と思っている人が多いようであるが、実際には樹高二十メートル以上の大木になる。幹径も一メートル近くに達する。ただ、長く薪炭林として扱われてきて、若木のうちに伐られるものが大半だったため、大木になるものが少なかったのである。
     イギリスではオーク(ナラ、カシワの類)が尊重され、町や村にその大木がよく見られる。オークの木は無骨な農夫の節くれだった手のようにゴツゴツした姿をしていて、スマートさとは対極にある。しかし、だからこそ崇拝されるのであろう。
     コナラの大木は、イギリスのオークに比べるとずっとスマートですっきりした樹姿である。とはいえ、ケヤキのような繊細な美しさではなく、素朴で飾り気がなく、いかにも田舎者です、という風情である。
     ただし、この田舎者はただ者ではない。実に堂々としていて風格がある。浮ついたところがない。
     小岩井農場(岩手県雫石町)の古い牛舎のそばに、コナラの大木が立っている。一本のように見えるが近寄って目をこらすと二本が寄り添っているのがわかる。樹冠は整った球状である。これほど端正な樹形のコナラもまずないだろう。
     何人かの識者に聞いてみたが、少なくとも容易に見ることのできる場所にあるコナラでは、日本で最大のものではないか、と言っていた(詳しく調査したわけではないから真偽のほどは不明)。
    小岩井農場のコナラの大木。このように整った樹形の大木は、日本中を探しても滅多に見つからないであろう。
     県指定の天然記念物くらいの価値はあると思うのだが、その前にサクラの木を植えて、この素晴らしい大木が見えにくいようにしている。呆れ返ったものであるが、日本人の一般的な通念―サクラは美しい、コナラなんて見る対象ではない―が明瞭に反映されている。
    40~50年生と思われる比較的若いコナラの林。季節は冬。 このコナラほど大きくはないが、自然形の味わい深い樹形のコナラが十本近く点在している牧草地が近くにある。大樹と草地との取り合わせが、まことに美しい風景を構成している。「日本ではなかなか見ることのできない風景です」とある大学の造園学の教授が感嘆していたが、ヤドリギがついているためか年々コナラが衰弱してきているので心配である。
     人間は図体が大きいだけで尊敬されることはないが、木は大きければ、それだけで我々を感動させる。また、大きくなるほどそれぞれの樹種の特徴が明らかになってくる。
     コナラはあまりにありふれた木のため、景観木としての価値は軽視されてきたが、その大木の風格はこれからのふるさとづくりなどでシンボルとして生かされるべきである、と考える。


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    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木「ハリギリ」

    2010年4月28日 22:33花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しておりましたが、3月から数回は趣向を変え、植物の観点からのお話を掲載いたします。
     『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から「花林舎動物記」の作者である(株)野田坂緑研究所 所長 野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただきます。
     今回は、第5話「ハリギリ」です。

    ハリギリ

    地域を象徴する樹木の選び方
     数年前のことであるが、将来できる新幹線青森駅前広場に植えるシンボルツリーには何がいいだろうかと質問されたことがある。
     私が答えたからといって、その通り実現する保証も何もない問いであったが、これは面白いと思って数日考えた。そしてある日、ヒョイと思い浮かんだのがハリギリであった。
     青森というと、私には二つの風景が浮かんでくる。一つは核物質処理施設の建設を巡って全国に知られるようになった六ヶ所村の、本州にもこんなに寂しいところがあったのかと、訪れた日は一日胸が晴れなかった人影もない広大な原野の風景。
     もう一つは、海岸の植生調査で彷徨い歩いた龍飛崎の続きの長大な砂浜の、こちらは風の強さがクロマツ林の形態に表れていて、いかにも人の住みつくことを峻拒しているような風景である。
     青森県には白神山地という豊かな恵みに満ちた地域もあるが、いずれにしろ岩手に住む私が、青森の自然は岩手より濃密で厳しいと感じるのである。
     地名を比べてみても「岩手」は岩に手形で人里を表しているのに対し、「青い森」は緑の山々のはるか向こうに人知れず潜む奥山のイメージではないか(青森県の人がこれを読んで、何を勝手なことをほざいているかと怒らないだろうか。心配になってきた)。
     しかし、他方で青森県には棟方志功やねぷた祭りのように独特の芸術がある。太宰治もいる。
     このように片方には濃密で厳しい自然、片方には色鮮やかな妖艶な(という表現が適切かどうか自信はないが)芸術という青森の特質を体現している樹木、それがハリギリなのである。こんなことをいうとハリギリは、「私、そんな大層な者じゃありません」と照れているかもしれない。
    針桐



    天狗の羽団扇に似た葉
     ハリギリは樹高二十五メートル以上、幹の直径一メートル以上の大木になる。岩手で最も太いハリギリは直径二メートルのものがあるそうだ。材は高級家具材として珍重される。
     何年か前、ある町の運動公園の植栽設計をした時に、敷地内の山林に樹高十五メートルほどの立派なハリギリの木があった。幸い造成区域から外れていたので、このハリギリを残し、まわりの雑木を伐り払って将来はこの雄大な大木をシンボルツリーにするという構想を思いついた。
    針桐 役所の担当者に、この木は絶対に伐採しないよう、作業者に注意するように話しておいた。ところが翌日行ってみると、このハリギリはもう影も形もなくなっていた。作業者のなかにハリギリの木材としての価値を知っている者がいて、伐り倒して持って行ったに違いない。いま思い出しても悔しい。
     少し寄り道をした。
     景観木としてのハリギリの特徴は、堂々とした力強さ、あるいは大らかさと、時折感じられる華麗な美しさを両立させていることである。
     ハリギリの葉はヤツデの葉によく似ている。ヤツデは常緑の低木で日本庭園にはよく植えられているから知っている人が多いと思うが、知らない人のために別の例をあげると、天狗の羽団扇(これは空想の産物であるが)というのがハリギリの葉にそっくりである。かなり大きい葉で直径が二十センチくらいはある。葉柄も長い。

    クラシック&モダン
     大きい葉を持つ樹木の枝は太い。葉が落ちた冬のハリギリの姿を見ると、このことは一目瞭然である。枝が太い樹種(トチノキ、ミズナラ、キハダなど)はたいてい、「堂々」「どっしり」「雄大」「おおらか」「朴訥」といった印象を与える(ただし、ホウノキやキリは特大の葉を持つために枝が太くなりすぎてまばらなためか、このような印象は受けない。適切な大きさ、というものがあるのだろう)。
     ただし、このような印象を与えられるのはやはりかなり大きくなった木でなければならない。十五メートルくらいのハリギリは、人間でいえば「田舎者だけどなかなかの人物のようだ」という感じであるし、二十メートルにもなると「ウーン、こんな山奥にこんな底知れぬ太っ腹の人物が居るのか」と圧倒されるような威厳を感じる(青森県の十和田市の街のなかに、どういう事情で残っているのか、ハリギリのすばらしい大木が何本かあった。いまもあるかどうかは知らないが)。
     大葉であるということも堂々とした印象を与えることの理由の一つになっているが、この葉は少し光沢があるのでハリギリは意外に明るくハイカラな雰囲気も持っている。従って、近代的なデザインの建築にも合うと思うし、クラシックモダンの大正建築などにはぴったりだと思う。
     秋には黄色になり、これがまた思いのほか軽快で爽やかな感じである。そして葉が落ちてしまうと黒々と寡黙に静まりかえってしまう。

    移植はかなり難しい
     ハリギリの名の由来は、枝や幹に大きなトゲがびっしりとついていて、桐のように大きい葉を持っているからだろう。
     太い幹になるとトゲはなくなるが、やや大きくなるまでは幹にもトゲがあるから、サルでもこの木には木登りできないのではないか。初めて見た人は大抵驚いてしまう。
     トゲのある木というとタラノキを思い出すが、ハリギリの新芽をタラノキと間違えて採取してしまう人が時々いる。ハリギリの芽も食べられるが、あまりおいしくないそうだ。
     さて、このようにすばらしい景観木であるハリギリが全くといってよいほど造園で使われないのは、移植がきわめて難しいからである。
     枝が太くて粗い木は、根も太くて粗い。これが移植困難の原因だと思うが、発根しにくいとか、その他の理由もあるのかもしれない。二年くらいかけて慎重な根まわしをして、早春の最適期に移すという方法をとれば、五メートルくらいのものまでは活着させられるだろう。
     ハリギリはやや水分の多い、深く根を張れる肥沃な土壌を好むようである。花や実はほとんど目立たず、観賞価値は乏しい。
     ヤツデとは同じウコギ科なので、交配したら雑種ができる可能性があるかもしれない。ヤツデの大木ができたりしたらおもしろい。



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    「シナノキ」・「カエデ類三種。」
    「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 「シナノキ」・「カエデ類三種。」

    2010年3月26日 17:04花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しておりましたが、3月から数回は趣向を変え、植物の観点からのお話を掲載いたします。
     『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から「花林舎動物記」の作者である(株)野田坂緑研究所 所長 野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただきます。
     今回は、第3話「シナノキ」と第4話「カエデ類三種。」です。

    シナノキ
     各地に自生する樹木をもっと造園に利用する、という思想が定着していれば、東北・北海道でもうとっくに普及していたはずの樹種がたくさんある。これから当分の間、そういう樹木について語ることにしよう。
     まずシナノキから始める。
     シナノキは別名をボダイジュという。釈迦がその木の下で悟りを開いたとされるインドボダイジュは、葉の形はよく似ているが全く違う木であるが、シューベルトの歌曲「菩提樹」で歌われているのはセイヨウシナノキのことである。
     欧米やニュージーランドでは、シナノキ(ボダイジュ)は主要な造園木の一つで、大きな公園や街路樹などによく植えられている。数年前、イギリスのウィズレー植物園に行ったとき、昼食をとる時間がもったいなくて、シナノキの若葉を取っては、食べながら見学したことがある。それほど普通に植えられている。
     日本のシナノキは北方系の樹木で、寒い地方に多い。そのため、照葉樹林帯に権力、つまり文化の中心を持つ日本では、造園木として注目されることがなかった。

    シナノキ


     樹木の本によれば、大きいものは樹高二十メートル、幹経一メートルから二メートルにもなるとのことである。私はそれほどの巨木はまだ見たことはないがシナノキのすばらしさを強く印象づけられた場所がある。
     青森市から八甲田連峰の方へ行く途中に、萱野高原というところがある。昔は牛や馬を放牧していたと思われる野芝の広い原っぱで、高木が点在したり、小群落状に立っている。これが不思議なことに、ほとんど全てシナノキなのである。なぜほかの樹種がなく、シナノキだけが多数残ったのか理由は分からない。
    堂々とした樹形がすばらしいシナノキ
     その孤立木は写真に示したように、均整のとれた、卵型の美しい堂々とした樹形をしている。堂々としているが、重々しくはなく、明るい。こういう形と雰囲気を持った樹木は、ありそうでなかなかない。
     シナノキの葉は丸く、やや大きい。葉が大きいと枝は太くなる。シナノキはケヤキのような繊細さはなく、おおらかな感じで気品があって美しい。秋には黄葉する。
     時々通る国道から見えるところに、樹高十メートルぐらいの球形の樹形をした樹木があった。これが春になると、見る見るうちに若葉となるのである。ひところ、毎日この木の前を通っていたが、一日一日と驚くべき早さで葉量が増え、緑の濃度が高まっていくので、何の木だろうと思って近寄ってみたらシナノキであった。この新緑の目覚ましだけでも、造園木としての価値がある。
     性質は強く、山地の風の強いところでは上には伸びられず、ずんぐりとした形のシナノキをよく見かける。
     今回改めてシナノキの写真を眺めてみて、それぞれの樹種にそれぞれ特有の樹姿があるということを強く感じた。つまり、さまざまな樹種を導入することによって、変化に富んだ味わい深い景観をつくることができるのに、なぜ日本の造園家は役所も含めて、この魅力に気づかず少数の特定の樹種しか使わないのだろうか。


    カエデ類三種。
     「モミジ」と「カエデ」はどう違うんですか、と聞かれることがある。
     植物学では「カエデ」と称し、俗語では「モミジ」という。同じものである。日本には二十六種のカエデが分布しているが、そのうち造園に用いられているのは、イロハモミジ、ヤマモミジ、オオモミジの三種がほとんどである。ただし北海道や東北ではハウチワカエデもよく使われる。これらは葉形がいかにもカエデ(蛙の手)らしいが、二十六種の中には「え、これがモミジ?」と驚くような葉形のものもある。日本人がモミジというと思い浮かべるモミジらしいモミジとは違う樹姿、葉形ではあるが景観木として有用なカエデ三種を紹介する。

    ①イタヤカエデ
     イタヤカエデを都市の街路樹に使ったら外国産の樹種だと思う人が多いのではないだろうか。幹がまっすぐに伸びる縦長の樹形と、光沢のある明るい印象の葉がイタヤカエデの特徴である。
     どんな木でも新葉の時は新鮮な輝きを放つが、イタヤカエデの新葉は陽光を周囲にまき散らしているようにキラキラと輝く。木が大きくなると春には小さい黄色の花が咲き、ベニイタヤという亜種は赤い新葉とあいまっていっそう華やいだ繊細な美しさで見る人を驚かす。秋にはバターイエローに黄葉するが、真紅のモミジとはまた違った魅力がある。
     国産でこのようにスマートでしゃれた木が使われずに、東北南部以南の暖地の街路樹には、カエデの仲間では中国原産の「唐カエデ」が使われている。イタヤカエデは暑さに弱いからであろうが、北国でもまだ使用例は少ない。丈夫で少々のやせ地や風の強いところでも耐えられるから街路樹には向いている。
     ただし大木になるので個人庭園には向かない。大きい公園や公共建築の庭など広い土地で伸び伸びと育てたい。
     余談であるが、以前はスキー板はイタヤカエデで作ったそうである。

    イタヤカエデは整ったスマートな樹形をしている。
    イタヤカエデは整ったスマートな樹形をしている。

    ②ウリハダカエデ 
     幹に緑色の縞があり、これが水瓜の皮の模様に似ているので、〝ウリ肌〟の名がつけられた。これはイタヤカエデよりもっと日本情緒から遠い印象を与える樹種である。こんな木を見ていると、ある国または地方の風景と、それを構成している個々の樹木(や草種)の姿とは必ずしも似ているとは限らない、ということに気づく。
     人間の社会でも全体的な日本人像というものがあり、多くの人はいかにも日本人らしい性質、行動(たとえば、付和雷同)を示すのであるが、なかにはとんでもない異端児がいたりする。植物界にも同様のことがあっても不思議はない。
     ウリハダカエデの葉はやや大きいので枝は太く、粗い感じの樹姿になる。これも日本庭園のモミジの繊細さとは異質である。ただし秋の紅葉は他のどのモミジにも負けないほどのどぎつい赤で、まるで、異質さをカバーするために必死になって赤くなって見せているような気がする。
     このカエデの使い方は難しい。カエデ(モミジ)という言葉にはこだわらないで、特異な木肌の変わった雰囲気の樹木である、と考える方があやまちの少ないデザインへの近道だと思う。無理に他の樹木と調和させようとしないで、異質さを際立たせて、西洋風の雰囲気をつくり出す素材として利用するのがよいと思う。

    ③マルバカエデ(ヒトツバカエデ) 
    マルバカエデの葉 前二者がそれでももしかするとカエデかも知れない、と思わせるような葉形をしているのに対し、マルバカエデは、カエデの葉のイメージとは全く無関係の葉形をしている(イラスト参照)。初めてこの葉を見て、もしかしたらこれはカエデ属の樹木かな、と考える人は百万人に一人もいないだろうと、断言できる。だから、これを植える時はカエデではない木を植えるのだ、と思った方がよい。
     昔のはなしに「虎」とか「岩」という名の女性がでてくるが、これが名前からは想像できないような美人だった。それと同じようにカエデと名はついていても、普通のカエデとはまるで違うものである。
     マルバカエデも新葉が美しい。遠くから見ると何か花が咲いているのかと見まちがえるくらい明るい葉色をしている。ただしこれはごく短い期間で、すぐに緑になってしまう。
     だが、秋にはまた見事な黄葉になる。イタヤカエデに勝るとも劣らない。樹形は乱れて整然とした姿にはならないが、新葉と秋の彩りの二回の美のために植栽する価値がある。



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    「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」

  • 風景と樹木 1,2 「ケヤキとサツキの大罪」

    2010年3月 1日 16:29花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しておりましたが、今回から数回は趣向を変え、植物の観点からのお話を掲載いたします。
     『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から「花林舎動物記」の作者である(株)野田坂緑研究所 所長 野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただきます。
     今回は、第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」と第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」です。


    ケヤキとサツキの大罪 -その1-

     近年、植物に関する本の出版が増えている。しかし、風景の一部としての植物(特に樹木)という観点から書かれた本はほとんど無い。
    私は造園の植栽設計を仕事としているので、前々から、そのような目で見た樹木の話を書いてみたいと思っていた。建築関係者は言うまでもないが、造園業界に携わる人々でも、樹木の知識があまりにも乏しい人が大半を占めるという現状が、我が国の風景を画一的で面白くないものにする一因となっている。そのような状況に波紋を投げかけることができれば本望である。

    盛岡「らしさ」を表現する木
    ケヤキは美しい木であるが、また日本人の事なかれ主義やものまね精神を象徴している樹木でもある。 前例に従い、他人と同じようにしていれば良い、と考えて仕事をしている人が世間には圧倒的に多い。
     造園の植栽設計の分野でもまた、同様である。その結果、日本中に特定の樹種がうんざりするほど、どこにでも植えられることになった。
     その代表が、高木ではケヤキ、低木ではサツキである。
     どちらも美しく丈夫で使いやすい樹種であるから、ある程度多く用いられるのは当然だと思うが、バカの一つ覚えと言う言葉がぴったりするほどの乱用ぶりが我が国の都市景観に与えた影響は大きい。
     もう二十五年くらい前のことであるが、盛岡駅前通りの改造が行われたことがある。
     その時「街路樹をケヤキにする」と新聞に載ったのを見て、私は驚いた。ケヤキの街路樹は東京をはじめとして全国に掃いて捨てるほどある。
     何よりも、東北にはすでに仙台駅前に有名なケヤキの街路樹があるのに、なんで盛岡駅前までまねをしてケヤキを植えるのか、盛岡の個性はどうなるのだ、と思ったのである。
     そこで、改善計画をすすめていた組合に手紙を出して私の考えを説明した。組合ではその意見を取り入れて、樹種をイタヤカエデに変更してくれた。一度決定して新聞にまで発表したものを覆すのは大変なことだったと思うが、良く対応してくれたものだと感謝している。
     それから十年以上もたってから、この改造計画を受け持ったプランナーと話をする機会があった。


     彼はこの樹種変更に大変憤慨した、と直接私に打ち明けてくれた。彼は、仙台のケヤキ街路樹に似せてケヤキのトンネルを盛岡駅前に実現したかったのに、それが出来なくなってがっかりしたのだそうである。
     私はそれを聞いて、彼のような優秀なデザイナーが、仙台の風景を盛岡につくるということを良しと考えていることに驚いた。私なら、仙台のまねなど絶対にしたくない、とまず考える。もっとも、建築家の彼にはケヤキ以外の樹木は思い浮かばなかったのだろう、という推測もつく。造園家でも十人のうち八人くらいまではケヤキと考えるだろうから、無理もないとは思う。
     盛岡市の夕顔瀬橋のたもとに、シンジュ(神樹)の大木がある。これが実に美しい姿をしている。特に葉を落とした裸木の美しさには、ここを通るたびに見とれてしまう。
     数年前、反対側の橋詰めの近くに小緑地が造られて、当然のように一本のケヤキが植えられた。それによって盛岡はローカリティ―(盛岡らしさ)をつくるチャンスを一つ失い、全国画一化へ小さいながら一歩を進めたのである。
    ここにシンジュでなくても良い、例えばシナノキ、キハダ、ハリギリ、ハナキササゲのどれかでも植えていたなら、「おっ、なんだこれは」と思う人がきっと何%かはいて、街が少しは面白くなったはずなのである。
     ここにどうしてキハダの木があるのか、というようなことから、何か物語をつくり出すこともできたかも知れないというのに。
     為政者も設計者も、樹木のことなどどうでもいいと内心では思っているから、前例を踏襲すればそれで良いし、どこでもケヤキを植えているから、ここもケヤキでいい、ケヤキがいい、となる。情けない話である。

    ケヤキとサツキの大罪 -その2-
     
     前回はケヤキの話をしたので、今回はサツキについて書く。
     サツキはツツジの一種でわが国の造園樹木のなかでは抜群の人気を誇る。バブル経済で造園工事が最盛期の頃は、年間一千万本以上植えられていたといわれている。これほど多用された理由の第一は、サツキが極めて優れた造園木であるということである。
     成長が遅くコンパクトにまとまる樹形。しかも刈り込みによって容易に整形できる。常緑の葉が美しいばかりでなく、花も華麗である。移植が容易で病虫害が少なく、挿木で容易に増やせる。サツキやツツジを植えておけば無難で失敗がない。必ず「サマ」になる。こんなに使いやすく楽な造園木は、世界的に見ても少ないのではないだろうか。
     多用される第二の理由は、昔から日本庭園で使われてきて、日本の造園家になじみが深いということである。「なじみが深い」などというより、サツキ無しに日本庭園はできないといっても過言ではないほど、二者のつながりは深い。
     ところで、わが国が工業大国になったのは資源が少ないために加工技術を発達させ、付加価値をつけることによって金を得るしか方法がなかったからだという説がある。アラブ諸国などは豊富な石油という資源があるから、産業が発達しないのだという考えである。
    広い道路の分離帯を埋めつくすサツキ。 この説に従えば、日本で造園の植栽デザインが発達しなかったのは、サツキやクルメツツジのような便利すぎる造園木があったからではないだろうか。
     日本の造園家は、むやみにサツキ、クルメツツジ、ヒラドツツジを使ってきた。大きな公園や緑地(たとえば工場と住宅地を分離する緩衝緑地)では、数万本もまとめて植えられることもあった。開花期には美しいと言えないこともないが、私にはむしろグロテスクに見える。住宅メーカーの広告写真なども雑木の木立の下にサツキかクルメツツジを密植するというのが、何十年も続いているパターンである。
     日本の造園設計家のなかでこのようなサツキ・ツツジ依存症にかかっていない人は百人に一人もいないだろう。しかもサツキや常緑性ツツジは、多雪地や寒冷地ではよく育たないことがあるのに、北国でもこの依存症患者で満ちているのだ。
     さらに困ったことに発注者側にもツツジ・サツキ依存症患者が多い。こうして日本中にうんざりするほど同じような景観ができあがってしまった。わが岩手県もまた同じである。
     三年ほど前、岩手県北にある県立病院の庭の設計をある建築事務所の下請けでやったことがある。私はもちろんサツキも常緑のツツジも一本も使わない設計をしたのだが、植栽工事が終わって見に行ったら、なんとサツキとツツジが大半を占める庭ができていた。私の設計とは全く無関係の庭になっていて、違う場所に来たのではないかと思ったほどである。
     なぜこんなことになったのか、下請けである私には何も知らされなかったが、日本におけるサツキ、ツツジの威力はこれくらい大きい。
     しかし近年、個人造園の庭木としてのサツキと常緑ツツジの人気は急落しているそうである。その理由は、これらの使い方が型にはまっていて新鮮味が無いこと、必ず刈り込んで整形するのが人工的な印象を与えるからであろう。私も昨年、ある庭造りの仕事でエクステリア業者が勝手に植えていったサツキとリュウキュウツツジを捨ててくれといわれて、数十本掘りあげて持ち帰った。
     こうして今や嫌われものになったサツキ、ツツジ、ドウダンツツジが我が家の畑に溜まる一方であるが、これはあきらかにガーデニングブームの影響であると思われる。
     ガーデニングは、季節感があって成長の過程を楽しめる植物へと人々の関心を導いた。サツキはどこへ行くのだろう。