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  • 花林舎動物記 第3回 哀しきマムシ

    2008年8月28日花林舎

     6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。この「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。今月は第3回「哀しきマムシ」です。

    「哀しきマムシ」
      ニョロニョロ嫌いの方には申し訳ありませんが、前回のアオダイショウに続いて、今回はマムシのお話です。

    うー、危なかった
     
    この地で初めてマムシに会ったのは、移ってきて2年目の秋でした。まだカラマツの大きな切り株がたくさん転がっていて、畑作りの邪魔になるので、手伝いの若者数人と肩で押して、敷地の端の方へ移動させていた時のことです。
     ごろりと転がった切り株から、何かがボタッと落ちて少し動きました。「あれ、蛇のようだな」と思って近寄って見ると、やっぱり蛇、それもマムシです。ギョッとして「近寄るなよー」と叫んだのですが、わずかに左右に身をくねらすだけであまり動きません。晩秋でしたから冬眠に入りかけていたのでしょう。長い木の枝ですくい取って隣の林の中に捨てました。
     この時はちょっと驚いただけでしたが、後で思い出すと全くゾッとするような出来事でした。誰かの首筋の間近にこのマムシは潜んでいたのです。手でぐっと押してしまったかもしれません。何事もなくてすんだのは全く好運でした。
     また別の年の夏。社員と2人で石積用の石を運んでいた時のことです。
     40キロくらいの石を2人で「ヨーイショ」と持ち上げたら、下から大きなマムシがのっそり出てきました。怒った様子はありませんでしたが、2人をジロリと見てから、気だるそうにゆっくりと隣の石の間に潜りこんでいきました。私がそれまでに見たうち、最も大きいマムシでした。
     腹が異常に太く、ひところ秘境動物マニアを夢中にさせた"ツチノコ"という蛇にそっくりでした。あのゆっくりした動作と、膨れた腹から推測すると、鼠でも飲み込んだばかりだったのではないでしょうか。空腹のマムシだったら、どんなことになっただろうか、と今でも時々考えることがあります。

    マムシに噛まれた犬
     
    犬を5匹飼っていましたが、その内の1匹が数年前のある日の夕方、顔をパンパンに膨れ上がらせて、よろめきながらやってきました。そして、私の前で口から泡を吹いて倒れ、動かなくなってしまいました。
     花林舎の敷地では、毎年スズメバチが繁殖しますので、てっきり蜂に刺されたのだろうと思ったのですが、そうではなかったようです。
     そのまま死ぬかと思った犬は、2~3分後に力をふりしぼるように立ち上がって、よろめきながら草むらの中に姿を消してしまいました。"象の墓場"へ去っていく象のような感じで、私は引き止めることもできずにそのまま見送ってしまったのですが、2~3日後に腫れが引いて、以前のようにハンサムな顔をして何事もなかったかのように現れたのには驚きました。犬はマムシ毒に耐性を持っているのでしょうか。
     しかし、それ以降、この犬は蛇をみつけると異常に興奮して吠えかかるようになりました。
     我が家の犬はどれも蛇が嫌いで怖いらしく、私が蛇を見つけて「蛇だぞー」と叫ぶと、犬達は何事かと一度は近寄ってくるのですが、すぐに逃げていってしまいます(噛まれた犬だけは近くで吠えている)。しかし父親犬は「蛇だぞー」という言葉が聞こえなかったふりをして、あらぬ方を眺めていて、近寄ってこないのです。蛇を見て逃げるのは、プライドが傷つくのでしょう。

    kari080828-1.jpgマムシの誤算
     
    マムシは花林舎周辺にはあまり多くは棲息していないらしく、1年に1回くらいしか見かけませんが、それでも10回近く遭遇しているうちに、これは一般に考えられているような恐ろしい生物ではなく、むしろ哀しい存在ではないのか、と思うようになりました。
     マムシは人間と出くわした時、他の蛇のように急いで逃げるよりも、開き直って人を威嚇することが多いのです。なまじ猛毒を持っているために、脅かしたら相手は逃げるだろうと思うのでしょう。
     しかし、マムシを恐がる人間だけではないのです。マムシを見つけると目を輝かせて喜ぶ人も大勢います。特に赤マムシなどが現れたら、欣喜雀躍です。その辺の木の枝をY字型に切り取って、たちまちマムシの首根っこを押さえて生け捕りにしてしまいます。
     そして喉を押さえて口を開き、手ぬぐいを噛ませてぐいとひっぱると牙が折れてしまいますから、もう危険はありません。袋に入れて持ち帰り、水を入れた一升瓶に1ヵ月閉じ込めておくのです。マムシは水から首だけ出して生き続けますが、こうして腹の中の糞を排出させるわけです。
     1ヵ月水中にある、というのも耐えがたい苦しみだと思うのですが、この後別のビンに移され、頭から濃い焼酎を注がれて七転八倒して死ぬのです。これがマムシ酒の作り方です。
     マムシを捕らえると、ただちに首のところで皮を切って引き剥いてしまい、小さい肝臓をペロリと呑みこんでしまう人もいます。つい30年くらい前までは、マムシと人の関係はこれが普通でした。妻の実家は岐阜県の山の中ですが、子供のころ囲炉裏の上には乾燥させたマムシがぶらさがっていて、時々食べさせてもらったそうです。

    生命の供養
     ある年、家の近くで2日続けてマムシに出くわしたので、こんなことでは安心して歩くこともできない、と思い、1匹殺してしまったことがあります。しかし、殺してから後悔の念が湧き起こり、私の手で消滅させた一つの生命を無にしないためにどうしたらいいだろうと考えたあげく、食べてやるのが一番の供養になるのではないかという結論に達しました。
     マムシの生命力はすごいものです。首を切り落とされた胴体が、1時間あまりも動いているのです。
     ようやく動かなくなった後に、皮を剥いて、身をぶつ切りにし、金網にのせて遠火で焦げないように焼きました。これに醤油をたらして食べてみると、いや実にうまいのです。
     マムシ君、もう私の前に姿を見せてはいけません。

    哀しきマムシ
     時代劇の小説などを読むと、"マムシのような"悪漢がよく出てきます。冷酷で血も涙もなく、危険で人を殺すことなどなんとも思わないような男です。
     しかし実際のマムシは、確かに猛毒をもっているために人間に恐れられ嫌われる一方、酒や食料や薬にされるために他の蛇より圧倒的多数が人間に捕らえられ、殺されているのです。人間を殺すために持った毒ではないのになまじ猛毒を持ったために嫌われ、殺されるマムシは何と哀しい生物でしょう。マムシの側から見れば人間は悪鬼のような生物です。
     時代劇作家へ。"マムシのような"という表現は考え直しましょう。

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