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  • 風景と樹木 「シナノキ」・「カエデ類三種。」

    2010年3月26日花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しておりましたが、3月から数回は趣向を変え、植物の観点からのお話を掲載いたします。
     『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から「花林舎動物記」の作者である(株)野田坂緑研究所 所長 野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただきます。
     今回は、第3話「シナノキ」と第4話「カエデ類三種。」です。

    シナノキ
     各地に自生する樹木をもっと造園に利用する、という思想が定着していれば、東北・北海道でもうとっくに普及していたはずの樹種がたくさんある。これから当分の間、そういう樹木について語ることにしよう。
     まずシナノキから始める。
     シナノキは別名をボダイジュという。釈迦がその木の下で悟りを開いたとされるインドボダイジュは、葉の形はよく似ているが全く違う木であるが、シューベルトの歌曲「菩提樹」で歌われているのはセイヨウシナノキのことである。
     欧米やニュージーランドでは、シナノキ(ボダイジュ)は主要な造園木の一つで、大きな公園や街路樹などによく植えられている。数年前、イギリスのウィズレー植物園に行ったとき、昼食をとる時間がもったいなくて、シナノキの若葉を取っては、食べながら見学したことがある。それほど普通に植えられている。
     日本のシナノキは北方系の樹木で、寒い地方に多い。そのため、照葉樹林帯に権力、つまり文化の中心を持つ日本では、造園木として注目されることがなかった。

    シナノキ


     樹木の本によれば、大きいものは樹高二十メートル、幹経一メートルから二メートルにもなるとのことである。私はそれほどの巨木はまだ見たことはないがシナノキのすばらしさを強く印象づけられた場所がある。
     青森市から八甲田連峰の方へ行く途中に、萱野高原というところがある。昔は牛や馬を放牧していたと思われる野芝の広い原っぱで、高木が点在したり、小群落状に立っている。これが不思議なことに、ほとんど全てシナノキなのである。なぜほかの樹種がなく、シナノキだけが多数残ったのか理由は分からない。
    堂々とした樹形がすばらしいシナノキ
     その孤立木は写真に示したように、均整のとれた、卵型の美しい堂々とした樹形をしている。堂々としているが、重々しくはなく、明るい。こういう形と雰囲気を持った樹木は、ありそうでなかなかない。
     シナノキの葉は丸く、やや大きい。葉が大きいと枝は太くなる。シナノキはケヤキのような繊細さはなく、おおらかな感じで気品があって美しい。秋には黄葉する。
     時々通る国道から見えるところに、樹高十メートルぐらいの球形の樹形をした樹木があった。これが春になると、見る見るうちに若葉となるのである。ひところ、毎日この木の前を通っていたが、一日一日と驚くべき早さで葉量が増え、緑の濃度が高まっていくので、何の木だろうと思って近寄ってみたらシナノキであった。この新緑の目覚ましだけでも、造園木としての価値がある。
     性質は強く、山地の風の強いところでは上には伸びられず、ずんぐりとした形のシナノキをよく見かける。
     今回改めてシナノキの写真を眺めてみて、それぞれの樹種にそれぞれ特有の樹姿があるということを強く感じた。つまり、さまざまな樹種を導入することによって、変化に富んだ味わい深い景観をつくることができるのに、なぜ日本の造園家は役所も含めて、この魅力に気づかず少数の特定の樹種しか使わないのだろうか。


    カエデ類三種。
     「モミジ」と「カエデ」はどう違うんですか、と聞かれることがある。
     植物学では「カエデ」と称し、俗語では「モミジ」という。同じものである。日本には二十六種のカエデが分布しているが、そのうち造園に用いられているのは、イロハモミジ、ヤマモミジ、オオモミジの三種がほとんどである。ただし北海道や東北ではハウチワカエデもよく使われる。これらは葉形がいかにもカエデ(蛙の手)らしいが、二十六種の中には「え、これがモミジ?」と驚くような葉形のものもある。日本人がモミジというと思い浮かべるモミジらしいモミジとは違う樹姿、葉形ではあるが景観木として有用なカエデ三種を紹介する。

    ①イタヤカエデ
     イタヤカエデを都市の街路樹に使ったら外国産の樹種だと思う人が多いのではないだろうか。幹がまっすぐに伸びる縦長の樹形と、光沢のある明るい印象の葉がイタヤカエデの特徴である。
     どんな木でも新葉の時は新鮮な輝きを放つが、イタヤカエデの新葉は陽光を周囲にまき散らしているようにキラキラと輝く。木が大きくなると春には小さい黄色の花が咲き、ベニイタヤという亜種は赤い新葉とあいまっていっそう華やいだ繊細な美しさで見る人を驚かす。秋にはバターイエローに黄葉するが、真紅のモミジとはまた違った魅力がある。
     国産でこのようにスマートでしゃれた木が使われずに、東北南部以南の暖地の街路樹には、カエデの仲間では中国原産の「唐カエデ」が使われている。イタヤカエデは暑さに弱いからであろうが、北国でもまだ使用例は少ない。丈夫で少々のやせ地や風の強いところでも耐えられるから街路樹には向いている。
     ただし大木になるので個人庭園には向かない。大きい公園や公共建築の庭など広い土地で伸び伸びと育てたい。
     余談であるが、以前はスキー板はイタヤカエデで作ったそうである。

    イタヤカエデは整ったスマートな樹形をしている。
    イタヤカエデは整ったスマートな樹形をしている。

    ②ウリハダカエデ 
     幹に緑色の縞があり、これが水瓜の皮の模様に似ているので、〝ウリ肌〟の名がつけられた。これはイタヤカエデよりもっと日本情緒から遠い印象を与える樹種である。こんな木を見ていると、ある国または地方の風景と、それを構成している個々の樹木(や草種)の姿とは必ずしも似ているとは限らない、ということに気づく。
     人間の社会でも全体的な日本人像というものがあり、多くの人はいかにも日本人らしい性質、行動(たとえば、付和雷同)を示すのであるが、なかにはとんでもない異端児がいたりする。植物界にも同様のことがあっても不思議はない。
     ウリハダカエデの葉はやや大きいので枝は太く、粗い感じの樹姿になる。これも日本庭園のモミジの繊細さとは異質である。ただし秋の紅葉は他のどのモミジにも負けないほどのどぎつい赤で、まるで、異質さをカバーするために必死になって赤くなって見せているような気がする。
     このカエデの使い方は難しい。カエデ(モミジ)という言葉にはこだわらないで、特異な木肌の変わった雰囲気の樹木である、と考える方があやまちの少ないデザインへの近道だと思う。無理に他の樹木と調和させようとしないで、異質さを際立たせて、西洋風の雰囲気をつくり出す素材として利用するのがよいと思う。

    ③マルバカエデ(ヒトツバカエデ) 
    マルバカエデの葉 前二者がそれでももしかするとカエデかも知れない、と思わせるような葉形をしているのに対し、マルバカエデは、カエデの葉のイメージとは全く無関係の葉形をしている(イラスト参照)。初めてこの葉を見て、もしかしたらこれはカエデ属の樹木かな、と考える人は百万人に一人もいないだろうと、断言できる。だから、これを植える時はカエデではない木を植えるのだ、と思った方がよい。
     昔のはなしに「虎」とか「岩」という名の女性がでてくるが、これが名前からは想像できないような美人だった。それと同じようにカエデと名はついていても、普通のカエデとはまるで違うものである。
     マルバカエデも新葉が美しい。遠くから見ると何か花が咲いているのかと見まちがえるくらい明るい葉色をしている。ただしこれはごく短い期間で、すぐに緑になってしまう。
     だが、秋にはまた見事な黄葉になる。イタヤカエデに勝るとも劣らない。樹形は乱れて整然とした姿にはならないが、新葉と秋の彩りの二回の美のために植栽する価値がある。



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