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  • 風景と樹木「ハリギリ」

    2010年4月28日花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しておりましたが、3月から数回は趣向を変え、植物の観点からのお話を掲載いたします。
     『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から「花林舎動物記」の作者である(株)野田坂緑研究所 所長 野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただきます。
     今回は、第5話「ハリギリ」です。

    ハリギリ

    地域を象徴する樹木の選び方
     数年前のことであるが、将来できる新幹線青森駅前広場に植えるシンボルツリーには何がいいだろうかと質問されたことがある。
     私が答えたからといって、その通り実現する保証も何もない問いであったが、これは面白いと思って数日考えた。そしてある日、ヒョイと思い浮かんだのがハリギリであった。
     青森というと、私には二つの風景が浮かんでくる。一つは核物質処理施設の建設を巡って全国に知られるようになった六ヶ所村の、本州にもこんなに寂しいところがあったのかと、訪れた日は一日胸が晴れなかった人影もない広大な原野の風景。
     もう一つは、海岸の植生調査で彷徨い歩いた龍飛崎の続きの長大な砂浜の、こちらは風の強さがクロマツ林の形態に表れていて、いかにも人の住みつくことを峻拒しているような風景である。
     青森県には白神山地という豊かな恵みに満ちた地域もあるが、いずれにしろ岩手に住む私が、青森の自然は岩手より濃密で厳しいと感じるのである。
     地名を比べてみても「岩手」は岩に手形で人里を表しているのに対し、「青い森」は緑の山々のはるか向こうに人知れず潜む奥山のイメージではないか(青森県の人がこれを読んで、何を勝手なことをほざいているかと怒らないだろうか。心配になってきた)。
     しかし、他方で青森県には棟方志功やねぷた祭りのように独特の芸術がある。太宰治もいる。
     このように片方には濃密で厳しい自然、片方には色鮮やかな妖艶な(という表現が適切かどうか自信はないが)芸術という青森の特質を体現している樹木、それがハリギリなのである。こんなことをいうとハリギリは、「私、そんな大層な者じゃありません」と照れているかもしれない。
    針桐



    天狗の羽団扇に似た葉
     ハリギリは樹高二十五メートル以上、幹の直径一メートル以上の大木になる。岩手で最も太いハリギリは直径二メートルのものがあるそうだ。材は高級家具材として珍重される。
     何年か前、ある町の運動公園の植栽設計をした時に、敷地内の山林に樹高十五メートルほどの立派なハリギリの木があった。幸い造成区域から外れていたので、このハリギリを残し、まわりの雑木を伐り払って将来はこの雄大な大木をシンボルツリーにするという構想を思いついた。
    針桐 役所の担当者に、この木は絶対に伐採しないよう、作業者に注意するように話しておいた。ところが翌日行ってみると、このハリギリはもう影も形もなくなっていた。作業者のなかにハリギリの木材としての価値を知っている者がいて、伐り倒して持って行ったに違いない。いま思い出しても悔しい。
     少し寄り道をした。
     景観木としてのハリギリの特徴は、堂々とした力強さ、あるいは大らかさと、時折感じられる華麗な美しさを両立させていることである。
     ハリギリの葉はヤツデの葉によく似ている。ヤツデは常緑の低木で日本庭園にはよく植えられているから知っている人が多いと思うが、知らない人のために別の例をあげると、天狗の羽団扇(これは空想の産物であるが)というのがハリギリの葉にそっくりである。かなり大きい葉で直径が二十センチくらいはある。葉柄も長い。

    クラシック&モダン
     大きい葉を持つ樹木の枝は太い。葉が落ちた冬のハリギリの姿を見ると、このことは一目瞭然である。枝が太い樹種(トチノキ、ミズナラ、キハダなど)はたいてい、「堂々」「どっしり」「雄大」「おおらか」「朴訥」といった印象を与える(ただし、ホウノキやキリは特大の葉を持つために枝が太くなりすぎてまばらなためか、このような印象は受けない。適切な大きさ、というものがあるのだろう)。
     ただし、このような印象を与えられるのはやはりかなり大きくなった木でなければならない。十五メートルくらいのハリギリは、人間でいえば「田舎者だけどなかなかの人物のようだ」という感じであるし、二十メートルにもなると「ウーン、こんな山奥にこんな底知れぬ太っ腹の人物が居るのか」と圧倒されるような威厳を感じる(青森県の十和田市の街のなかに、どういう事情で残っているのか、ハリギリのすばらしい大木が何本かあった。いまもあるかどうかは知らないが)。
     大葉であるということも堂々とした印象を与えることの理由の一つになっているが、この葉は少し光沢があるのでハリギリは意外に明るくハイカラな雰囲気も持っている。従って、近代的なデザインの建築にも合うと思うし、クラシックモダンの大正建築などにはぴったりだと思う。
     秋には黄色になり、これがまた思いのほか軽快で爽やかな感じである。そして葉が落ちてしまうと黒々と寡黙に静まりかえってしまう。

    移植はかなり難しい
     ハリギリの名の由来は、枝や幹に大きなトゲがびっしりとついていて、桐のように大きい葉を持っているからだろう。
     太い幹になるとトゲはなくなるが、やや大きくなるまでは幹にもトゲがあるから、サルでもこの木には木登りできないのではないか。初めて見た人は大抵驚いてしまう。
     トゲのある木というとタラノキを思い出すが、ハリギリの新芽をタラノキと間違えて採取してしまう人が時々いる。ハリギリの芽も食べられるが、あまりおいしくないそうだ。
     さて、このようにすばらしい景観木であるハリギリが全くといってよいほど造園で使われないのは、移植がきわめて難しいからである。
     枝が太くて粗い木は、根も太くて粗い。これが移植困難の原因だと思うが、発根しにくいとか、その他の理由もあるのかもしれない。二年くらいかけて慎重な根まわしをして、早春の最適期に移すという方法をとれば、五メートルくらいのものまでは活着させられるだろう。
     ハリギリはやや水分の多い、深く根を張れる肥沃な土壌を好むようである。花や実はほとんど目立たず、観賞価値は乏しい。
     ヤツデとは同じウコギ科なので、交配したら雑種ができる可能性があるかもしれない。ヤツデの大木ができたりしたらおもしろい。



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    「シナノキ」・「カエデ類三種。」
    「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」