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  • 風景と樹木 第8話「ベニヤマザクラ」

    2010年8月31日花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。 「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     「花林舎動物記」は数回お休みとなりますが、今回も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただいきます。  
     今回は第8話「ベニヤマザクラ」をお送りいたします。

    ベニヤマザクラ

    山にも里にも名桜あり
     3月末ごろ、東京で桜が咲いたというニュースがTVや新聞を賑わすと、日本全国が春になったような錯覚に陥るが、このころ岩手ではまだ冬と春が行きつ戻りつしていて、ドサッと雪が積もることも珍しくない。
     盛岡周辺で桜が満開になるのは、それから1ヵ月後の4月下旬である。岩手でも花見の名所の桜はほとんどソメイヨシノであるが、このころ山ではベニヤマザクラが咲く。
     ベニヤマザクラには「オオヤマザクラ」「エゾヤマザクラ」と、別名が2つあるが、赤味の濃い花の色からつけられた「紅山桜」という呼び名が、その姿にもっともふさわしい。
     関東から南に住む人の大半はこの桜を見たことがないだろうと思うが、ソメイヨシノなど足元にも及ばない美しい桜である。
     ただし、野生種であるベニヤマザクラは、花色、樹形、花着きの良し悪し、開花と展葉の時期などかなりの変化があり、すべての個体が美しいわけではない。
     しかし、本当にため息が出るほど美しい個体が、どの町や村にも大抵数本以上(隅々まで見て回っているわけではないから、実際にはこの何倍も)見つかる。
     高校の校門前で、この学校出身の美女を全部集めて、そのエッセンスをまとめたような輝きを放っていたベニヤマザクラ。
     あまり冴えない閉鎖間近のような工場のフェンス沿いに点在して、場違いのような美しさを誇っていたベニヤマザクラ。
     その前をよく通る郊外のラーメン屋の裏に、突然妖艶な花の雲となって現れ、たちまち散ってしまうベニヤマザクラ。
     普段人が訪れることもない開拓地の畑の外れに一本だけ、辺りを圧して気高く咲いていたベニヤマザクラ。
     冬には強風吹きすさぶ山頂に山の春の光の精のようにキラキラ光って立っていたベニヤマザクラ。
     ―――山里や自然の山地で巡り会う桜は、その花に加えて、背景となる風景と光の状態がマッチした時、思わず息をのみ、立ち尽くすほどの美しさを示す。

    選び抜いた紅山桜の名所を
     何年か前に県北の村を訪れたが、そこではとりわけ色の濃い、しかし色調がやや特異なベニヤマザクラが数本あった。
     私の家の前には色は薄いピンクであるが、大輪で気品のある美花をつける樹がある。これは岩手山南麓で見つけた大木から増やした苗を植えたものである。
     ベニヤマザクラの花の季節に、岩手の隅々まで歩いて、たくさんの名桜を見出したい、という願いを30年前から抱きながらまだ実行していない。きっと、さまざまな美しさを秘めたベニヤマザクラが数多く存在していることだろう。
     東北には弘前城や角館のような全国に知られた桜の名所があるが、もしベニヤマザクラの優品を100系統選び抜いて、それをそれぞれ10本ずつ、計1000本を植えた桜園を造ったら、弘前も角館も「恐れ入りました」と頭を下げざるを得ないような名所になるだろう。
     一昔前のイギリスなどでは、大金持ちがこのようなことを道楽としてやったそうだ。このところ落ち目の日本ではあるが、数10億円程度の金を持っている人は意外に多くいるらしい。そういう中のたった1人でいいから、その金をロクでもない息子や娘に無駄遣いされるより、桜を恋人にして余生を過ごそう、などと考えてくれないだろうか。
    県北の町で白壁の蔵の前に咲いていたベニヤマザクラ。植えたものか、自生したものを切らずに残したのかは、わからない。

    ソメイヨシノは空か雲のごとし
     花見の名所の桜はほとんどがソメイヨシノであるが、これはなぜだろう。長い間考えていたが、わからなかった。しかし、ある年の春、ベニヤマザクラをたくさん植えた公園を歩いていて、ふとその答えがわかった、と思った。
     ある桜研究家は「ソメイヨシノは樹体が大きく、横張り性のゆったりとした樹形になって、花数が多く、葉が全く出てこないうちに花が咲く」ことが花見に向くのだ、という解釈を披露した。これはいかにも科学者らしい論理的な分析であり、なるほどと納得した。
     しかし、私はこのほかにもう一つ重要な理由があると思う。ソメイヨシノは〝気にならない〟花なのである。ほとんど白に近いが眩しい白ではなく、霞か雲のような穏やかさで、ゴザを敷いてご馳走を食べ、酒を飲んでいる時に、絶えず視野に入っているのに気にならない。空や雲のような存在になってしまうのである。
     ところが、赤味の濃い美しいベニヤマザクラや八重桜の下だと、花が刺激的で〝気になって〟落ち着かない。したがって、花見の桜にはソメイヨシノが良い、というのが私の〝発見〟である。

    「花より飲み食い」の理由
     また、人々は花見というとなぜ、桜を見ることは早々に切り上げて、あとは飲み食いに精を出すのか。その答えは「同一種大量植栽タイプの名所は退屈だから」である。
     ソメイヨシノが数百メートルも続いている場所は、確かに壮観である。しかし、5分も見ればもう同じ風景の連続で飽きてしまう。だから飲み食いでもしないと時間を持て余してしまうのである。
     しかし、こういう花見のスタイルも楽しい。昔、東京の上野公園の大群衆の花見を見た時にそう思った。ただし、見る対象は人である。花見に来てタガを外して楽しんでいる人々を見ていると面白くて、時間の経つのも忘れる。
     しかし、他方では純粋に桜の美しさを愛でる桜の園も欲しい。それは公共事業で造るのは難しい。奇特な大金持ちと1人の桜気違いと自然条件を熟知した風景計画家のトリオが組まなければ実現しないだろう。
     幻のベニヤマザクラの園を夢見て、今宵は久し振りに飲めない酒を温めるとしよう。


    バックナンバー
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」