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  • 風景と樹木 第9話「ダケカンバ」

    2010年9月29日花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。

     今回も「花林舎動物記」はお休みとして、『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、第9話「ダケカンバ」を転載させていただいきます。

    ダケカンバ

    春のダケカンバ
     北国の山地に生える樹木のうち、シラカバはもっともよく知られた人気のある樹種であるが、同じくらい普通に見られ、樹姿も似ているダケカンバについては知らない人が多い。いや、知らないというより、これもシラカバだと思っているのだろう。
     岩手県でもっとも容易に大量のダケカンバを見ることができるのは八幡平のアスピーテラインである。
     まず松尾からアスピーテライン入口の料金所に着くまでの登り坂の両側に続くシラカバに似た樹木の密生林、これがダケカンバのやや若い林である。そう言われれば「樹皮の色が茶色を帯びていて真っ白ではないなあ」と気づくだろう。
     松尾鉱山から排出された硫酸を含む煙のために森が枯れてササ原になった一帯を過ぎ、ほぼ平坦な道を走行するようになると、見渡す限り、アオモリトドマツとダケカンバの森になる。あるところはほとんどアオモリトドマツ、あるところは半分以上もダケカンバと、この二つの樹種の割合はまちまちであるが、春の新緑の頃はアオモリトドマツの暗緑色とダケカンバの鮮緑との対比が、とても美しい。
     ある年の5月、東京で造園のデザイナーをしている友人を案内した時、この二つの緑の比率がどれくらいだと最も美しいだろう、と彼が言い出して、あっちの森、こっちの森と見比べたことがある。結論は忘れてしまったのでまた山の雪解けのころ行って見なければと思っている。このころ、林床にはまだ1メートル近い雪が残っているのに、落葉樹はどんどん若葉を萌えださせるのである。

    シラカバの葉 ダケカンバの葉

    秋のダケカンバ
    6月、7月、8月とやや淡い緑の葉を繁らせていたダケカンバは9月の末から10月の始めにはもう黄変し、寒い風が2~3回吹くとたちまち落葉してしまう。
     運が良ければ、このつかの間のダケカンバの黄葉が、雲一つ無く晴れた真っ青な空を背景に、秋の陽を浴びてキラキラと輝いているのを仰ぎ見ることができる。それは美しいけれども哀しくて、何か遠い過去に見たことのように思えて、黙って眺めているうちに、自分はこのまま遠い異次元の世界へ行ってしまうのではないか、と恐くなってしまったことがある。

    群生と孤立
     カンバの仲間は我が国には10種ほどあるが、シラカバ(シラカンバ)、ダケカンバ、ウダイカンバの3種はかなり多く見られるものの、他の種は分布が限られている。
     シラカバは時に数万本もの純林を形成し、ダケカンバもそれほどではないが純林に近い林をつくることがある。
     ところがウダイカンバは他の樹木の間に点在するだけで、決して純林をつくることは無い。研究者の観察によるとウダイカンバが隣り合って生え枝が触れ合うようになると、必ず一方が枯れてしまうのだそうである。
     同じカンバ属の樹木が一方は多勢の仲間と一緒に育つことを好み、他方は仲間を峻拒する。不思議であるとも言えるし、自然の本質はそのような多様性にあるのだ、とも言える。

    若木の形と老木の形
     樹木の中には若木の時の樹形と、老木になった時の樹形があまり違わないものと、大きく変形してしまうものがある。
     ケヤキ、スギ、ヒノキ、トドマツ、カラマツ、シラカバ、ポプラなどは前者であり、カツラ、ダケカンバ、ハンノキ、アカマツなどは後者の例である。
     ダケカンバは若木の時は直立して真っ直ぐに伸び、シラカバの樹姿とよく似ている。樹皮の色が茶色を帯びていることで何とか区別できる程度である(細かく見れば葉の形も少し違うが)。ところが老木になると、樹形は球形かそれを少し押し潰したような形になる。下枝は無くある高さまでは幹だけであるが、その上は数本の太い枝に分かれ、どれが幹だかわからなくなる。
     枝は捻じ曲げられたように不規則に曲がって、若いころのスマートな形とは似ても似つかぬものになっている。強風と豪雪という厳しい自然環境がこのような形にしてしまったのか、ダケカンバのひねくれた遺伝子がこのような形にさせたのか。
     遠目には白い樹皮と明るく軽快な樹姿が、近寄って見ると怪物のように曲がりくねった太い枝の異様な姿に変わって驚く。
     アオモリトドマツの濃緑と対照的に優しい緑のさわやかな姿であったダケカンバが魔法の国の森の木のように恐ろしげな形で迫ってくる。こんな木は日本には他に無いと思う。

    ダケカンバ

    生きのびる罪
     山に道路を通したりして裸地が生じた時、近くにダケカンバの成木があると、2~3年のうちに裸地にすき間もなくびっしりとダケカンバの稚苗が生えてくることがある。驚く程の数である。数百本、数千本の稚苗のうちたった1本だけが生き残って老木になる。
     人もそのような自然の原理に従って生きているのだろうか。それとも、違う原理を発見したのだろうか。



    バックナンバー
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」