いわけんブログ

ホームいわけんブログ風景と樹木 第14話「トチノキとマロニエ」

    ≪ 前のエントリー     次のエントリー ≫

  • 風景と樹木 第14話「トチノキとマロニエ」

    2011年7月28日花林舎

    風景と樹木
     平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
     「花林舎動物記」等の外部投稿連載を7月上旬から再開しております。今回におきましても『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    トチノキとマロニエ

    盛岡の誇りトチノキの街路樹
     盛岡の官庁街、内丸にトチノキの街路樹がある。トチノキの街路樹としては多分全国でも有数の立派な街路樹だろう。
     トチノキは全国の山地に自生する高木で、谷川沿いの湿った肥沃な土壌の所によく見られる。ところが都市土壌は悪条件のところが多く、トチノキが健全に育つのは難しい。そのためトチノキは姿の美しさの割に街路樹として植えられることは少ない。内丸のトチノキの街路樹が大きく堂々と育っていることはこの一帯には肥沃な土壌が厚く堆積している、ということを示している。
     日本では街路樹だけでなく、公園でも、ましてや庭園ではトチノキを見ることは少ないが、中部ヨーロッパではセイヨウトチノキ、つまりマロニエの見上げるばかりの大木をよく見かけた。マロニエはパリの街路樹として有名で、歌謡曲にも〝花はマロニエ、シャンゼリゼ...〟という(陳腐この上無い)歌詞があるが、たいていの人はマロニエという語は知っていても、それが日本のトチノキの近縁種で姿もそっくりな樹木であることは知らない。
     パリのマロニエの街路樹が有名でそのイメージが強いせいか、日本のトチノキも瀟洒で異国の木のように感じられることがある。もともと日本の町には整然と並んだ街路樹というものは無かったから、広い街路にビルを覆い隠すほど大きく育った街路樹が立ち並ぶ風景が、欧米の街のように感じられるのは当然なのである。
     もっとも、こういう感じ方は戦後しばらくの間平屋や2階建ての民家がまだ多数混在していた都市の風景を見慣れたわれわれ世代の感傷であって、初めから高層建築の立ち並ぶ大都市の景観を当たり前のものとして育ってきた世代の人々は、こんな感じ方はしないのかもしれない。

    マロニエの花
    マロニエの花

    市の中心に象徴的空間を
     盛岡市内丸のトチノキ街路樹通りの景観に話を戻す。ここは街路の正面をふさぐ形で市役所の建物が建っている。この建物は醜いということはないが、市のど真ん中の大きな通りの真正面にそびえるにふさわしいほどの魅力があるわけでもない。だいたい戦後建てられた合理主義の建物でそんな情趣を持つ建築物は(建築家から見ればどうか知らないが一般の人の目には)少ない。もし旧岩手銀行本店の赤レンガ館がここにあったら、札幌の時計台くらいの観光名所になっていたであろう。
     市役所は盛岡市が近隣の市町村と合併して区域が広がったのに伴い雫石川の向こうの新市街地に移転するという構想があった。財政難のため実現しなかったが、もし現在地の市役所の建物が無くなりその跡に美しい緑地ができたら、盛岡市の観光価値はこれまでと比較にならないほど高まるであろう。
     それは盛岡に観光の中心地ができるからである。
     市役所の建物が無くなって緑地に変われば、トチノキの街路樹のトンネルの正面に今は建物に隠れているケヤキの大木が姿を現しその間から、川向うの「ござ久」の古い建物が見える。左側には保存建築物の県公会堂がある。ついでに公会堂の向かい側にあって利用者の少ない陰気な緑地を、明るい花壇に変えてしまうとさらに良くなる。中津川沿いの道の魅力も高まって全てが生き生きと連関してくる。盛岡市は数十億円の借金をしても、ここに市の風景の象徴となる場所を創って中心部に活気を取り戻すことができればその方が得ではないだろうか。姉妹都市のビクトリア市にも少しは誇れる場所ができることになる。このような風景も立派な街路樹があればこそできるのである。

    フランスの元貴族の屋敷で見た大きいマロニエ。花が咲いている
    フランスの元貴族の屋敷で見た大きいマロニエ。花が咲いている

    厳冬の冬、葉を落とした盛岡市内丸のトチノキの街路樹(2008年1月)
    厳冬の冬、葉を落とした盛岡市内丸のトチノキの街路樹(2008年1月)

    岩手公園のトチノキ並木(2007年10月)
    岩手公園のトチノキ並木(2007年10月)

    縄文時代から生活を支えてきた樹
     トチノキは人の掌を広げたような形に大きな葉が5―7枚ついている。これを掌状複葉というが、数枚合わせて1枚の葉なのでその重さを支えるために葉柄は太く、枝も太く粗い。大葉で枝の太い木は、剛毅、豪壮、質実といった趣を持つものが多い。たとえばミズナラ、カシワなどがそうである。しかしトチノキはそのような雰囲気もある一方、スマートで都会的な印象も受けるのである。それは新緑の頃に咲く〝ロウソクのような〟と形容される白い大きな花や、秋の葉の黄褐色の輝きの明るさだけではなく、掌状の葉のつき方に由来するように私には思われる。
     トチノキの実は黒褐色で、クリより大きいので英語ではセイヨウトチノキをホースチェストナッツ、つまり「馬の栗」という。植物辞典には「うまぐり」という訳語でのっている。縄文時代の地層を調べると、ある時期からトチノキの花粉が急増するそうである。それまでは食べ方を知らなかった栃の実の処理法を発見した縄文人が現れて、トチノキの実が重要な食料に変わり、近くの山で栽培するようになったのではないかと私は想像している。縄文遺跡の研究が深まってくると、縄文時代にも里山(人が利用し手入れをした山)があったに違いないと考えるのが妥当であるということになるそうである。東北と北海道は縄文時代には現在より栄えていたらしい。その繁栄を支えていたものの一つがトチノキであった。
     我が岩手でも祖先を偲びもっとトチノキを植えてもいいのではないか。景観樹として優れているだけでなく、蜜源樹としても、また木材としても重要な木である。


    「風景と樹木」バックナンバー
    第13話「シロヤナギ」
    第12話「オニグルミ」
    第11話「ヤマナシ」
    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」