花林舎 一覧

風景と樹木
平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

モミジバフウ

モミジバフウの街路樹

盛岡市の高松から松園ニュータウンに通ずる道路の両側に、どことなく異国風の雰囲気を持った街路樹が植えられている。樹形は、剪定のために変わってしまったものもあるが、きれいな円錐形で葉は密に隙間もなくついているので、少し重苦しささえ感じられる。樹高は8~10メートルである。ほとんどの木が旺盛な生育をしていてボリュームがある。

今年ここを通りかかったのは11月の上旬だったが、ちょうど紅葉が始まっていて赤や黄色の葉がモザイクのように混じり合った木や、まだ緑色のままのもの、少し紫色に変わりつつある個体など様々な色が見られた。近寄ってみると葉はモミジの葉によく似ている。この木の名をモミジバフウというのはそのためである。

モミジバフウは北アメリカ原産なので別名をアメリカフウともいう。自生地では樹高35~45メートルもの大木になるそうである。ただし、そのような大きさになるためには深くまで肥沃で、湿っているが排水良好な土が広がっている場所が必要である。若木の時は針葉樹のトドマツ、モミ、カラマツ、メタセコイヤなどに似たきれいな円錐形の樹形であるが、老齢になると丸みを帯びる。このような樹形の変化はカツラなどにも見られる。

同属にタイワンフウという木があるが、これはやや耐寒性が弱いので主に関東以南で植えられている。タイワンフウの方が葉のつき方が少なく軽やかな印象を受ける。これも大木になる。台湾では若干標高の高いところの方が生育がよく、紅葉もきれいだそうである。

この街路樹のモミジバフウは、私が小岩井農場の緑化部に勤務していた時に、当時の盛岡市の公園緑地課長に「何かこれまで植えられていない、魅力ある街路樹種がありませんか」と聞かれて、推薦した樹種である。東京で10年ほど暮らしている間に公園や住宅団地の緑地などで大きく育ったモミジバフウを見てその美しさに魅せられていたから、問われてすぐこの木が頭に浮かんだのであるが、たまたまその時小岩井農場の苗畑に100本以上の成木があったことも推薦した理由の一つであった。

当時は全国的に緑地ブームが沸き起こっていて、それまで造園とは関係のなかった多くの企業が緑化工事や苗木の生産に参入してきたため、苗木の奪い合いの様相を呈した時期もあった。モミジバフウはそれまで東北地方ではほとんど植栽されておらず、寒冷地ではどの辺まで育つかも知られていなかったが、アメリカの本で自然分布を調べて岩手県でも生育できる、と判断して導入したのである。そして盛岡ではこのように支障なく育っているのであるが、実は小岩井農場では梢が寒さで少し傷む状態が続いていた。盛岡では育つのに小岩井農場では正常に育つことができない樹種があることはそれまでの何年かの経験で知っていた。例えば、ハナミズキ、サルスベリ、シャクナゲのいろいろな品種、ヒマラヤスギ、クルメツツジ、サツキ、アベリアなどがそうである。今私が住んでいるところと盛岡気象台における毎日の最低気温はラジオで聞いていると冬にはおよそ3度違う。小岩井農場の苗畑ではさらに1度くらい低いのではないだろうか。この違いによって、盛岡では育つが小岩井では育たないという樹種が生ずるのであろう。

続きを読む

風景と樹木
平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。


ヒマラヤスギ

インド北西部へのツアー

20年ほど前、インド北部の植物を見るツアーに参加したことがある。そのころ私は造園のコンサルタントをしていたが、バブル経済真っ盛りで1年365日のうち350日くらいは夜遅くまで仕事をしていた。好きな仕事ではあったがさすがにくたびれて気力の衰えを感ずることがあった。1年に1回の海外旅行は妻子は連れずいつも自分だけ。家族にはすまなかったなあと今は思うが、当時は気楽なあなた任せのツアーで外国の町や村をぶらついていると、疲れがじわーっと湧いてきてやがてだんだん薄れていくのがよくわかった。日本に帰るやいなやまた山のような仕事が待ち構えているのだが、しばしその恐怖を頭から振り払っての旅であった。

行ったのはインド北西部の標高1000メートルくらいのところにある町で、人口は2~3万人と推測した。この町のホテルに泊まって、近在の山野や町、村を訪ねて歩くのである。参加者は一人を除いて50歳以上なので山登りなどはしない。車で行ってそのあたりをぶらぶら歩くのである。すぐに分かったのであるが、このあたりはヤギを放牧しているところが多く、植物はたいてい食べられてしまっていて、見るべきほどのものはなかった。しかし植物を見るより人間を見ているのが面白いということがわかったので、腹は立たなかった。

チベットから移住してきた人々が多く、彼らは山の急斜面にも家を建てていた。服装も顔つきもかなりさまざまで、住宅の様式にも変化があった。泊っていたホテルの隣にやや大きい建築が工事中であったが、そこで1日中石をハンマーで叩いて割っている老婆がいた。何をしているのか初めはわからなかったが、どうやら建物の基礎に使う砕石を作っているのではないかと気がついた時は驚いた。

ヒマラヤの山並みまでは、ふた山くらい越えないとたどりつかない様であったが、それでも町の両側は標高差1000メートル以上の山脈が続いているということは、つまり大きな谷間に町は広がっていたのである。谷間の全貌を眺められる山の中腹に昔の豪族の住まいがあった(今はトレッキングをする外国人旅行者の宿になっていた)が、ここからの眺めは実にすばらしかった。澄んだ水がところどころですさまじい急流となって、町を縦断して流れていた。

岩盤の山の斜面に成立しているヒマラヤスギの森林。
岩盤の山の斜面に成立しているヒマラヤスギの森林。


続きを読む

風景と樹木
平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
先月に引き続き今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。


こぶし

農村のシンボル
千昌夫が歌って、世界で数億人が愛唱するといわれる「北国の春」の歌詞には4種類の樹木名が出てくる。「白樺」「こぶし」「からまつ」「山吹き」である。この作詞家が思い浮かべた〝北国〟が、北海道だったのか東北だったのかそれとも長野県あたりだったのかは知らないが、とにかくその中に「こぶし」が入っているということは、コブシは寒い地方の樹木であると思っている人が多いのであろう。
実際にはコブシは北海道から九州まで分布していて、必ずしも北国の木とは言えない。ただ自生はたいてい水分の多い谷間や低地で、水田のそばの山林などでよく見られる。農作業と結びついた〝タネマキザクラ〟という地方名があるように、農山村のシンボルにもなっている。
日本の歌謡曲では「ふるさと」「農村」は北国の場合が圧倒的に多い。ふるさとは貧しくて寒くて、老いた親が苦しい生活を送っているところである。ふるさとに帰るのは恋に破れて傷心の悲哀を抱いた女に決まっている。だから農村のシンボルであるコブシは北国を思い起こす樹木として登場してくるのであろう。
北国がこのように暗いイメージで歌われてきたのは、日本の政治、経済の中心地が関東以南の暖地であり、北国は「僻地」だったからであろうか。あるいは以前はよくあった冷害の悲惨さなどが強く印象としてあるためであろうか。
北国の冬は確かに辛いことが多い。農作業などもできない。鹿児島に行った時、一月なのに畑には数種類の野菜が育っていて驚いたが、逆に一年中休む時期がなくて大変だなあと思った。きっぱりと冬が来て、きっぱりと休める冬もいいものだ、と思った。
今のように、ブルドーザーで除雪することのなかった昔はどこもみな冬の間中雪で覆われていた。それがある日黒い土がぽっかりと姿を現す。私はまだ小さかったころ、春が近づいてきてピンポン玉ほどの穴から黒い土が見えた時の、しびれるような感動を70歳になった今でも覚えている。
また、川辺の南向きの斜面は雪解けがほかのところより一カ月以上も早く、3月の初めには背の低い草で覆われた地面が姿を現すのであった。その中に濃い空色の小さい花が咲く草があって、子供心にもなんてきれいな色だろうと思った。そのころからコブシも見ていたはずであるが記憶にない。私の春の花の原点はこの空色の草である。

続きを読む

風景と樹木
 平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
 先月に引き続き今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

盛南開発地区の伐採された大エゾエノキ

斜めの道と大エゾエノキ
 盛岡市の玄関口、JR盛岡駅前一帯の繁華街から雫石川一本隔てた対岸は、ついこの間まで農家が散在する田園地帯であった。そこに以前の面影はかけらほども残っていない新しい都市造りが着工され、みるみるその範囲を拡大し、やがて完成しようとしている。一般には盛南開発地域と呼ばれている。
 ほぼ碁盤の目状に直角に交差している街路の中に、ただ一ヵ所斜めに走っている道路がある。元々は農道であったがこの道路の延長線上に岩手山の美しい姿が望まれることから、その景観を残し新しい街のシンボルの一つとするために、特例として既存の路線がそのまま使われることになったのである。心憎い配慮であった、と思う。
 この道路が盛南開発地区を通る区間のちょうど真ん中あたりに1本の巨木がそびえ立っていた。道路から10メートルほどのすぐ近くにあり、樹高20メートル以上、太い幹が直立して伸び均整の取れた枝ぶりは威厳と気品に満ちてここを通る人々を魅了した。冬の姿も良かったが、新緑の頃から秋の落葉前までの圧倒されるような堂々たる姿は、大木がどれだけ大切なものであるか見るたびにいつも思い知らされていた。幹肌はケヤキに似ているが枝の形はコナラに似ていて、よほど樹木に詳しい人でなければこの木の名前は知らないまま眺めていたであろう。もし盛南開発地域が「景観に十分な配慮をして計画を進めていた」のであれば、だれが見ても全区域の最高のシンボルツリーとして絶対に残さなければならない樹木であった。その巨木が切り倒されてしまった。盛南開発史上最大の愚挙の一つであると言いたい。

実に堂々たる巨木であった。葉のついている季節の写真をとっておけばよかった。
実に堂々たる巨木であった。
葉のついている季節の写真をとっておけばよかった。

続きを読む

風景と樹木
 平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
 「花林舎動物記」等の外部投稿連載を7月上旬から再開しております。先月に引き続きしばらくは『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

ヤマナラシ

ヤマナラシって何だ
 まだ大学院生だったころ、造園植物の研究をしていた助教授の手伝いで、全国の街路樹の調査をしたことがあった。調査の主体は主要都市にお願いしたアンケートの分析であるが、現地で確認しなければならないこともあるので、数カ所は出張して公園緑地の担当者と会ったり、市内を見て回ったりした。造園植物学の勉強を始めてまだ間もない私にとっては、東京を離れて遠隔の地に行くのは知らない樹木に会えることになるので、それらを見て歩くのが楽しくてしょうがなかった。
 今から40年も前のことなので記憶に残っていることはほとんどないが、一つだけ覚えていることがある。
 函館市の緑化係の人が「ポプラと言うことになっている街路樹があるのですが、私はヤマナラシだと思うんです。見て確認してくださいませんか」と言った。私はそのころヤマナラシという樹木名を聞いたことすらなかったが、助教授も同様だったらしく困った顔をしていた。結局この時はその街路樹を見に行かなかった。
 その後、日本の造園関係の仕事でヤマナラシに出会ったことは一度もなかったが、岩手に戻ってからは山野でしょっちゅう見かけるようになった。

水平に長く伸びた根から発生してきた若いヤマナラシ。
水平に長く伸びた根から発生してきた若いヤマナラシ。

続きを読む

風景と樹木
 平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
 「花林舎動物記」等の外部投稿連載を7月上旬から再開しております。先月に引き続きしばらくは『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

ネムノキ

東北道のネムノキ
 2007年の7月下旬に盛岡インターから高速道路を南下して水沢まで走ったことがあった。高速道の法面に花盛りのネムノキが次から次と姿を現し、その美しさに感嘆した。これほど多くのネムノキを見ることのできる場所は全国的にも珍しいのではないだろうか。しかも、花色が濃く見栄えのする個体が多い。今はまだ評判になっていないが、いつかネムノキ道路として広く知られる時が来るのではないかと思った。
 これらのネムノキは高速道の法面を緑化するために植栽したのではなく、何かのきっかけで自然に侵入して、増えていったものであろうと私は推測している。ネムノキは移植が非常に難しいため植栽されることは少ない。それに、東北道の法面には針葉樹やサクラなどの決まった樹木しか植えなかったはずである。ネムノキはおそらくどこかから種子が飛んできて法面に生えて成長し、その木から種が飛んで広がっていった、と私は考える。
 このように考えるのは、ネムノキが痩せ地に耐える性質が強く、一般の樹木の生育には不適当な痩せて乾燥する地盤である高速道路の法面でもよく成長するからである。ネムノキは海岸の砂地の緑化に使われることがあるほど養分や水分の少ない土にも耐えて生育できる。高速道の法面は道路の地盤であるから崩れないように締め固められており、材料はなるべく有機物を含まない締め固まりやすい土を使用している。このような地盤は植物の生育には不適切であり多くの樹木は生育不良になる。
 ところがネムノキはこんな条件の悪いところでも旺盛に生育する。太い根が表層の浅いところを水平に伸びていくので表面の柔らかい土層の厚さが20センチもあれば、さほど支障なく大きくなれる(余談であるがポプラ、ヤナギ、サクラなども同様の性質がある)。成長は速く気がつくと大きくなっている。花が終わると豆類の実と似たさや状の殻の中に種子ができ、法面にまき散らされて発芽し新しい苗が育つ。発芽から数年のうちに花が咲くので、条件に恵まれた場所では増えるのも早い。
 ネムノキの花はピンク色の細い糸のようなものが目立つが、これは花糸、つまりオシベであり、花弁は下のほうに小さく付いている。このような形の花は日本には珍しいが熱帯、亜熱帯には何種類か知られており、ネムノキも暑い地方にルーツを持つ樹木であろうと推測される。そのためであろう、美しい花であるが異国的な雰囲気があり、日本の風景からは少し浮きあがって見える。しかしそれがこの木の存在価値であるとも言える。
 日本の風景とはどことなく違和感があるとはいえ、豪華絢爛を誇るのではなくつつましく控え目に咲くので、日本人には好まれた。松尾芭蕉の有名な句―象潟や雨に西施がねむの花―は、この2つの微妙な感情、つまり「好ましさ」と「異国の情緒」の両方を読み込んでいるように私には思われる。ネムの花の風情は芭蕉にも〝西施〟という異国の美人によって表現するのがふさわしいと感じられたのであろう。
 実際はふてぶてしいほど強健な樹木なのに、見かけは花も葉もいかにも優しげである。

木造の古い家とネムノキ。
木造の古い家とネムノキ。

続きを読む

風景と樹木
 平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
 「花林舎動物記」等の外部投稿連載を7月上旬から再開しております。今回におきましても『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

トチノキとマロニエ

盛岡の誇りトチノキの街路樹
 盛岡の官庁街、内丸にトチノキの街路樹がある。トチノキの街路樹としては多分全国でも有数の立派な街路樹だろう。
 トチノキは全国の山地に自生する高木で、谷川沿いの湿った肥沃な土壌の所によく見られる。ところが都市土壌は悪条件のところが多く、トチノキが健全に育つのは難しい。そのためトチノキは姿の美しさの割に街路樹として植えられることは少ない。内丸のトチノキの街路樹が大きく堂々と育っていることはこの一帯には肥沃な土壌が厚く堆積している、ということを示している。
 日本では街路樹だけでなく、公園でも、ましてや庭園ではトチノキを見ることは少ないが、中部ヨーロッパではセイヨウトチノキ、つまりマロニエの見上げるばかりの大木をよく見かけた。マロニエはパリの街路樹として有名で、歌謡曲にも〝花はマロニエ、シャンゼリゼ…〟という(陳腐この上無い)歌詞があるが、たいていの人はマロニエという語は知っていても、それが日本のトチノキの近縁種で姿もそっくりな樹木であることは知らない。
 パリのマロニエの街路樹が有名でそのイメージが強いせいか、日本のトチノキも瀟洒で異国の木のように感じられることがある。もともと日本の町には整然と並んだ街路樹というものは無かったから、広い街路にビルを覆い隠すほど大きく育った街路樹が立ち並ぶ風景が、欧米の街のように感じられるのは当然なのである。
 もっとも、こういう感じ方は戦後しばらくの間平屋や2階建ての民家がまだ多数混在していた都市の風景を見慣れたわれわれ世代の感傷であって、初めから高層建築の立ち並ぶ大都市の景観を当たり前のものとして育ってきた世代の人々は、こんな感じ方はしないのかもしれない。

マロニエの花
マロニエの花

続きを読む

風景と樹木
 平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
 「花林舎動物記」等の外部投稿はお休みしておりましたが、連載を再開いたします。今回は『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

シロヤナギ

花は紅、柳は緑
 ヤナギといえば、決まって思い出す言葉が二つある。
 一つは「花は紅、柳は緑」で、もう一つは岩手県人なら誰でも知っている石川啄木の有名な短歌「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」である。
 「花は紅、柳は緑」は元々中国の言葉であることは想像できたが、どんな意味なのかは分からなかった。わからないのに良い言葉だと思っていたが、先日辞書を引いて調べてみた。すると、「当たり前のことを指す表現」とある。なるほど、そのとおりである。
 ヤナギの仲間は世界中に広く分布しているが、どちらかというと寒い地方に多い。私の住んでいる岩手県中部の河川敷にもヤナギは多い。雪が消え、寒風が吹く日が少なくなり、暖かい陽射しが漏れる日が増えてくると、川原の木々がボーッと緑色に煙ってくる。ヤナギの芽吹きである。これを見ると、なるほど〝柳は緑〟、だと思う。真に単純明快、素直な表現で春の到来を喜んでいる。この言葉は中国でも北の地方で生まれたのではないかと私は想像している。
 余談ではあるが、「花は紅」の花は何だろう。春早く咲く赤い花、寒い地方ならアンズ、少し暖かい地方であればモモかな、と推測したが、中国に住んだことが無いので、分からない。

陽光に透けて揺れるシロヤナギの葉。
陽光に透けて揺れるシロヤナギの葉。

続きを読む

風景と樹木
 平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
 今回から「花林舎動物記」はふたたびお休みとして、『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

オニグルミ

日本で一番うまい餅―クルミ餅
 九州出身で今は東京に住んでいる友人のH君がわが家に遊びに来た時、妻がクルミ餅を作って出した。H君は初めてクルミ餅というものを食べたそうだが、その美味に驚き、何度も「こんなうまい餅は食べたことが無い」とくり返した。その後東京で会ったときも「あの餅をぜひまた食べたい」と、美味しい中華料理を食べながら言うのであった。
 今から50年近く昔、日本人の大半が貧しかったころだが、正月だけはわが家もご馳走のオンパレードだった。冬には来る日も来る日も干した大根葉の味噌汁と、漬物とわずかな魚だけの食事だったから、正月の待ち遠しかったこと。あの楽しさをまた経験するために、昔のように貧窮の生活に戻った方がいいかもしれない、と夢想することさえある。
 正月の主食は言うまでもなく餅。ずい分たくさんついたが、雑煮はたいてい1回だけで、主な食べ方はアンコ餅、キナ粉餅、時々ゴマ餅、クルミ餅。一番簡単な食べ方は砂糖に醤油をかけたものに餅を浸して食べる砂糖醤油餅。甘い餅に飽きると海苔を巻いて食べた。
 アンコやキナ粉は作り置きができるから楽であるが、ゴマ餅とクルミ餅はそのつどすり鉢で擂ってタレを作らなければならないから、あまり食べなかった。クルミ餅は特に手間がかかるため、おいしいけれどもたいてい正月の間に1回しか作らなかった。
 クルミ餅を作るには次のような作業が必要なのである。クルミの殻を割る→中の白い実を取り出す→殻の破片を取り除く→実をすり鉢で擂る→味付けをする。
 オニグルミの殻は固くて子供では無理で、大人でも女性ではなかなか割れない。左手に軍手をはめて親指と人差し指で殻を持ち、平らな石の上に置いて金鎚を打ちつけるがうまくパカッと半分に割れることは少なく、たいてい力を入れすぎて、グシャとつぶしてしまう。こうなると、実もつぶしてしまうし、殻の小さい破片が混じってしまい、取り除くのに苦労する。たまに大きい実が取れるとすばやく食べてしまうのが楽しみだった。殻割りが終わると、中から実を取り出す作業に移る。細い釘や爪楊枝などで殻に詰まっている実をほじくり出すのである。
 次に、取り出した実を盆の上などに薄く広げて殻の破片を探して取り除く。破片が1つでもあるとすり鉢で擂るときガリガリとなるから徹底的に探す。ここまでの作業を一人に任せると、何故か大きい実がかなり消えてしまっていることがあるので、何人かで共同でやらなければならない。
 後はすり鉢でよく擂りつぶし、水を加えて適当な濃さにして、砂糖と醤油で味をつけるのである。できるまで半日かかる上、かなりの量の殻を割ったつもりでも出来上がるタレは意外に少なく、家族全員に充分行き渡らない程度のクルミ餅しかできない。だからたいてい正月の間に1回しか作らなかったし、それだけにますますおいしいもの、という思いが募るのである。

続きを読む

花林舎動物記
 平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
 前回まで『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を抜粋し、転載させていただいておりましたが、今回はふたたび「花林舎動物記」に戻り、第21回「ネズミは至る所に(2)」をお送りいたします。

第21回「ネズミは至る所に―(2)」

忍者ネズミ
 ネズミをとらえる器具は様々ありますが、一般家庭で一番よく使われるのは金網でつくった籠状のネズミ捕り器でしょう。我が家でもこれを使っているのですが、これではどうしても捕まらないネズミがいました。
 このネズミ捕り器は籠の中に餌をとりつける針金が下がっていて、ネズミがえさを食べようとすると留め金が外れてふたが閉まり、ネズミは籠の中に閉じ込められるようになっています。ふたが閉まっていればネズミがえさを引っ張ったということです。ところが、ふたは閉まって餌はなくなっているのにネズミはいない、ということが4~5回続きました。一回は、ネズミが入っていたのですが夜遅かったのですぐに殺してしまわずに、明日の朝処分しようと思ってそのままにしておいたら、翌朝にはネズミはいなくなっていました。このネズミは小さなハタネズミでしたが、だからといって金網の目の間から抜け出られるほど小さくはありません。まことに不思議です。どうやって抜け出したのか今もわかりません。しょうがないので、〝忍者ネズミ〟がいるのだということにしました。

続きを読む

このページの上部へ

Googleサイト内検索

最近のピクチャ

月別アーカイブ

  1. 2017年9月 [3]
  2. 2017年8月 [28]
  3. 2017年7月 [20]
  4. 2017年6月 [14]
  5. 2017年5月 [14]
  6. 2017年4月 [18]
  7. 2017年3月 [20]
  8. 2017年2月 [18]
  9. 2017年1月 [16]
  10. 2016年12月 [19]
  11. 2016年11月 [22]
  12. 2016年10月 [16]
  13. 2016年9月 [33]
  14. 2016年8月 [23]
  15. 2016年7月 [23]
  16. 2016年6月 [17]
  17. 2016年5月 [20]
  18. 2016年4月 [25]
  19. 2016年3月 [21]
  20. 2016年2月 [16]
  21. 2016年1月 [13]
  22. 2015年12月 [20]
  23. 2015年11月 [21]
  24. 2015年10月 [27]
  25. 2015年9月 [10]
  26. 2015年8月 [22]
  27. 2015年7月 [20]
  28. 2015年6月 [15]
  29. 2015年5月 [17]
  30. 2015年4月 [16]
  31. 2015年3月 [17]
  32. 2015年2月 [15]
  33. 2015年1月 [14]
  34. 2014年12月 [19]
  35. 2014年11月 [27]
  36. 2014年10月 [24]
  37. 2014年9月 [18]
  38. 2014年8月 [39]
  39. 2014年7月 [21]
  40. 2014年6月 [18]
  41. 2014年5月 [16]
  42. 2014年4月 [21]
  43. 2014年3月 [22]
  44. 2014年2月 [15]
  45. 2014年1月 [20]
  46. 2013年12月 [21]
  47. 2013年11月 [23]
  48. 2013年10月 [20]
  49. 2013年9月 [12]
  50. 2013年8月 [18]
  51. 2013年7月 [33]
  52. 2013年6月 [20]
  53. 2013年5月 [30]
  54. 2013年4月 [16]
  55. 2013年3月 [10]
  56. 2013年2月 [8]
  57. 2013年1月 [13]
  58. 2012年12月 [15]
  59. 2012年11月 [16]
  60. 2012年10月 [13]
  61. 2012年9月 [12]
  62. 2012年8月 [17]
  63. 2012年7月 [11]
  64. 2012年6月 [10]
  65. 2012年5月 [12]
  66. 2012年4月 [11]
  67. 2012年3月 [6]
  68. 2012年2月 [10]
  69. 2012年1月 [12]
  70. 2011年12月 [11]
  71. 2011年11月 [16]
  72. 2011年10月 [15]
  73. 2011年9月 [10]
  74. 2011年8月 [19]
  75. 2011年7月 [22]
  76. 2011年6月 [15]
  77. 2011年5月 [13]
  78. 2011年4月 [14]
  79. 2011年3月 [20]
  80. 2011年2月 [15]
  81. 2011年1月 [14]
  82. 2010年12月 [10]
  83. 2010年11月 [9]
  84. 2010年10月 [20]
  85. 2010年9月 [18]
  86. 2010年8月 [20]
  87. 2010年7月 [12]
  88. 2010年6月 [16]
  89. 2010年5月 [15]
  90. 2010年4月 [14]
  91. 2010年3月 [8]
  92. 2010年2月 [13]
  93. 2010年1月 [21]
  94. 2009年12月 [16]
  95. 2009年11月 [23]
  96. 2009年10月 [38]
  97. 2009年9月 [33]
  98. 2009年8月 [26]
  99. 2009年7月 [27]
  100. 2009年6月 [24]
  101. 2009年5月 [13]
  102. 2009年4月 [17]
  103. 2009年3月 [15]
  104. 2009年2月 [23]
  105. 2009年1月 [31]
  106. 2008年12月 [37]
  107. 2008年11月 [30]
  108. 2008年10月 [55]
  109. 2008年9月 [40]
  110. 2008年8月 [49]
  111. 2008年7月 [48]
  112. 2008年6月 [35]
  113. 2008年5月 [17]
  114. 2008年4月 [11]
  115. 2008年3月 [6]
  116. 2008年2月 [9]
  117. 2008年1月 [13]
  118. 2007年12月 [12]
  119. 2007年11月 [14]
  120. 2007年10月 [20]
  121. 2007年9月 [14]
  122. 2007年8月 [20]
  123. 2007年7月 [13]
  124. 2007年6月 [15]
  125. 2007年5月 [10]
  126. 2007年4月 [6]
  127. 2007年3月 [14]
  128. 2007年2月 [16]
  129. 2007年1月 [5]
  130. 2006年12月 [13]

Powered by Movable Type 6.3.5