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  • 風景と樹木 第18話「こぶし」

    2011年11月29日花林舎

    風景と樹木
    平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
    先月に引き続き今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。


    こぶし

    農村のシンボル
    千昌夫が歌って、世界で数億人が愛唱するといわれる「北国の春」の歌詞には4種類の樹木名が出てくる。「白樺」「こぶし」「からまつ」「山吹き」である。この作詞家が思い浮かべた〝北国〟が、北海道だったのか東北だったのかそれとも長野県あたりだったのかは知らないが、とにかくその中に「こぶし」が入っているということは、コブシは寒い地方の樹木であると思っている人が多いのであろう。
    実際にはコブシは北海道から九州まで分布していて、必ずしも北国の木とは言えない。ただ自生はたいてい水分の多い谷間や低地で、水田のそばの山林などでよく見られる。農作業と結びついた〝タネマキザクラ〟という地方名があるように、農山村のシンボルにもなっている。
    日本の歌謡曲では「ふるさと」「農村」は北国の場合が圧倒的に多い。ふるさとは貧しくて寒くて、老いた親が苦しい生活を送っているところである。ふるさとに帰るのは恋に破れて傷心の悲哀を抱いた女に決まっている。だから農村のシンボルであるコブシは北国を思い起こす樹木として登場してくるのであろう。
    北国がこのように暗いイメージで歌われてきたのは、日本の政治、経済の中心地が関東以南の暖地であり、北国は「僻地」だったからであろうか。あるいは以前はよくあった冷害の悲惨さなどが強く印象としてあるためであろうか。
    北国の冬は確かに辛いことが多い。農作業などもできない。鹿児島に行った時、一月なのに畑には数種類の野菜が育っていて驚いたが、逆に一年中休む時期がなくて大変だなあと思った。きっぱりと冬が来て、きっぱりと休める冬もいいものだ、と思った。
    今のように、ブルドーザーで除雪することのなかった昔はどこもみな冬の間中雪で覆われていた。それがある日黒い土がぽっかりと姿を現す。私はまだ小さかったころ、春が近づいてきてピンポン玉ほどの穴から黒い土が見えた時の、しびれるような感動を70歳になった今でも覚えている。
    また、川辺の南向きの斜面は雪解けがほかのところより一カ月以上も早く、3月の初めには背の低い草で覆われた地面が姿を現すのであった。その中に濃い空色の小さい花が咲く草があって、子供心にもなんてきれいな色だろうと思った。そのころからコブシも見ていたはずであるが記憶にない。私の春の花の原点はこの空色の草である。


    離れて見る、近くで見る

    今住んでいるところの周辺はコブシの木が多い。岩手でも寒い方にあるので花弁の元の方が薄くピンク色を帯びた「キタコブシ」の割合が多い。最も、コブシとキタコブシは離れて見ると区別がつかないから、鑑賞対象としては両方一緒にしてコブシと言ってもかまわないだろう。濃いピンクの美しい個体がないか探して歩いたことがあったが徒労に終わった。しかし、赤花のヤマボウシのようにどこかで見つかる可能性はないだろうか。
    岩手ではコブシのことを〝タネマキザクラ〟と呼ぶ地方がある。この花が咲くころ稲の種子を播く、という意味なのであろう。コブシの花の大きさは桜の花の何倍もあるから〝サクラ〟と呼ぶのは不適切ではないかと思っていたが、ある年ゆるやかに起伏する畑の脇の道を車で走っていたら、山林の中に白い花の木が点在していて、カスミザクラにしてはまだ早いけど何だろうと思って、近寄って見るとコブシであった。こんなに大きい花が遠くから見ると「桜かな」と思うほど小さく見えたのだ。「なるほど、これならタネマキザクラという名もおかしくないな」と納得した。白い花は近くで見ると美しいが、離れて見ると魅力が減じてしまうものが多い。これは、庭や公園の植栽計画を立てるとき留意しておくべきことの一つである。
    樹高15メートルくらいのコブシに無数の花が咲いた年に、その下に立って見上げたことがある。雲の間からわずかに漏れた日の光が、やわらかくコブシの花を照らしていた。内側から鈍い光を放っているような何千もの花が、まるで純白の小鳥の群れのように見えて思わず息を呑んだ。コブシの花の盛りはサクラと同じくらい短い。その、最も盛りの時の、本当に精いっぱいの生命の発露の声が聞こえてくるような見事な花盛りだった。

    真っ白なコブシの花
    真っ白なコブシの花。
    木の下から見あげると
    無数の白い鳥のように見える。


    きっと日本の無数の無名の農民が何百年にもわたって、いや縄文時代からの一万年を超える長い年月、日本の山野とともに生きてきた人々がこの美しさに感動した瞬間を持ったに違いない。コブシが強い人気を持ち続けるのはそのような感動の累積が背後にあるからに違いない、とこの時感じた。


    コブシの巨木
    ところでコブシの木はどれくらい大きくなるものだろう。手元の樹木図鑑には、樹高10~18メートルと書いてあるが、図鑑の記載の中で樹高ほどまちまちで当てにならないものはない。そしてそれは当然なのである。

    巨大なコブシ巨大なコブシ。
    しかも花が樹冠を埋めつくして咲いている。
    大変なエネルギーである。


    ある年のゴールデンウィークのころ岩手の県北に出かけた帰り道、道に迷って水田地帯の中を多分あっちの方だろうと見当をつけて車を走らせているうちに、突然巨大なコブシの木に出会った。高さは20メートル以上あるだろう。枝張りも大きい。下にある民家が小さい物置小屋のように見える。花の盛りは過ぎて少し黄ばんでいたがまだ多数の花がついていた。とにかくその樹体の大きさにはたまげてしまった。コブシがこんなに大きくなる木だとは思ってもいなかった。水田の近くに生えていて、水分も養分も十分に吸収できたのだろうがそれにしてもすごい。道に迷ったおかげでこんなすごいものを見ることができて幸運だった。来年は一番きれいな時に来て見ようと思った。ところが、それから3度ほど行ってみたのだが見つからないのである。道に迷ってから何キロか走って出くわしたので、どのへんだったのか定かでない。あれほどの巨木だからすぐ見つかるだろうと予想していたのだが、甘かった。まさか伐採されることはないだろうが、今年こそは見つけ出さなくてはと思っている。

     

     

     

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