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  • 風景と樹木 第19話「ヒマラヤスギ」

    2011年12月27日花林舎

    風景と樹木
    平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長 野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
    今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。


    ヒマラヤスギ

    インド北西部へのツアー

    20年ほど前、インド北部の植物を見るツアーに参加したことがある。そのころ私は造園のコンサルタントをしていたが、バブル経済真っ盛りで1年365日のうち350日くらいは夜遅くまで仕事をしていた。好きな仕事ではあったがさすがにくたびれて気力の衰えを感ずることがあった。1年に1回の海外旅行は妻子は連れずいつも自分だけ。家族にはすまなかったなあと今は思うが、当時は気楽なあなた任せのツアーで外国の町や村をぶらついていると、疲れがじわーっと湧いてきてやがてだんだん薄れていくのがよくわかった。日本に帰るやいなやまた山のような仕事が待ち構えているのだが、しばしその恐怖を頭から振り払っての旅であった。

    行ったのはインド北西部の標高1000メートルくらいのところにある町で、人口は2~3万人と推測した。この町のホテルに泊まって、近在の山野や町、村を訪ねて歩くのである。参加者は一人を除いて50歳以上なので山登りなどはしない。車で行ってそのあたりをぶらぶら歩くのである。すぐに分かったのであるが、このあたりはヤギを放牧しているところが多く、植物はたいてい食べられてしまっていて、見るべきほどのものはなかった。しかし植物を見るより人間を見ているのが面白いということがわかったので、腹は立たなかった。

    チベットから移住してきた人々が多く、彼らは山の急斜面にも家を建てていた。服装も顔つきもかなりさまざまで、住宅の様式にも変化があった。泊っていたホテルの隣にやや大きい建築が工事中であったが、そこで1日中石をハンマーで叩いて割っている老婆がいた。何をしているのか初めはわからなかったが、どうやら建物の基礎に使う砕石を作っているのではないかと気がついた時は驚いた。

    ヒマラヤの山並みまでは、ふた山くらい越えないとたどりつかない様であったが、それでも町の両側は標高差1000メートル以上の山脈が続いているということは、つまり大きな谷間に町は広がっていたのである。谷間の全貌を眺められる山の中腹に昔の豪族の住まいがあった(今はトレッキングをする外国人旅行者の宿になっていた)が、ここからの眺めは実にすばらしかった。澄んだ水がところどころですさまじい急流となって、町を縦断して流れていた。

    岩盤の山の斜面に成立しているヒマラヤスギの森林。
    岩盤の山の斜面に成立しているヒマラヤスギの森林。





    自生のヒマラヤスギ

    この町のいろいろな場所にヒマラヤスギが生えていた。

    最も大きいヒマラヤスギの群落は町の両側にそびえる山々の斜面に成立している森林で、30度以上ある急斜面に遥か上方まで続いていた。推測ではあるがこのあたりでは標高1000メートルから3000メートルくらいまで分布しているように思われた。山の斜面は土がなく、ヒマラヤスギは崩れ落ちてわずかに溜まっている岩屑に根を張っているらしかった。

    河原にも広くヒマラヤスギの森林があった。寺院の周りに成立している森林もあった。そのほか道路沿いの岩場に点在していたり、集落の中央に巨木が立っていたりした。

     集落の中央にそびえ立つ巨大なヒマラヤスギ。 集落の中央にそびえ立つ巨大なヒマラヤスギ。



    谷沿いや畑の近くのように土があり、乾燥しない場所には広葉樹も生えていたが、急斜面や岩場や河原のように乾燥し痩せた土しかないところはヒマラヤスギが占拠していた。日本ではアカマツが生えているような土壌条件のところである。その上、インド西部は年間降雨量が日本の半分くらいしかない乾燥地帯なのである。

    盛岡の知り合いの庭師が、ヒマラヤスギの種を播いて苗を作ったら、「黒土の所より肥料分の乏しい赤土のところの方が成長が良いので不思議に思った」と話すのを聞いたことがあるが、ヒマラヤスギの自生地の地盤を見るとまさしくそれを裏付ける条件になっている。

    また、日本では強風で倒伏しやすい木といえばまずヒマラヤスギが挙げられ、その理由は浅根性だからということになっているが、ヒマラヤスギはきっと「日本のように雨が多くて乾燥しないところでは、俺は根を張る必要がないのさ」とつぶやいているに違いない。

    ヒマラヤスギの森林の中には他の樹木も草本も極めて少なかった。密生した森になっているために林内が暗すぎて生育できないのか、その他の条件があるのかは分からない。森林の中のヒマラヤスギは枝張りが小さくて下枝がなく、日本の公園などで見られるヒマラヤスギのような優美な姿とはかなり印象が異なっていたが、それ以上に違っていたのは道端などにあるヒマラヤスギで、近くに寄って葉を間近で見ないと何の木か全くわからないほど破壊された樹形をしていた。住民が枝を切り落として薪にするためにそのような樹形になっているとのことであった(伐採するとそれでおしまい。枝を切って使っていれば永久に薪を生産できる)。

    枝が切りおとされたヒマラヤスギ。
    枝が切りおとされたヒマラヤスギ。

    枝が切られて樹形が変ってしまったヒマラヤスギ。
    枝が切られて樹形が変ってしまったヒマラヤスギ。

    川原に成立しているヒマラヤスギの密生した森林。
    川原に成立しているヒマラヤスギの密生した森林。


    樹間をゆったりと空けて植えられたヒマラヤスギは下枝が長く伸びてゆるやかな曲線を描き、世界3大庭園樹の一つ(日本ではとても庭の木とは考えられないほど大きくなるが)とされるほど美しい樹木であるが、自生地で見たヒマラヤスギは、あるものは単純に垂直に伸びているだけであるし、あるものはめちゃくちゃな形に変えられて生きていたし、あるものは集落を睥睨するような威厳を持って立っていた。全てに共通してどこか猛々しい雰囲気が感じられた。それは住民との様々な関係によって形成されたのであろうと私は推測した。

    そして、そのようなヒマラヤスギを見てきた後では、公園などで見られる整った姿のヒマラヤスギはなんとなくウソっぽく感じられ違和感を覚えるようになった。これまで私たち造園家は、ヒマラヤスギをただ美しい木としてしか扱ってこなかったが、それは温和な自然環境の中で見せる一つの仮面にすぎないということを知れば、もっと違う植栽デザインが生まれるであろう。




    「風景と樹木」バックナンバー
    第18話「こぶし」
    第17話「盛南開発地区の伐採された大エゾエノキ」
    第16話「ヤマアラシ」
    第15話「ネムノキ」
    第14話「トチノキとマロニエ」
    第13話「シロヤナギ」
    第12話「オニグルミ」
    第11話「ヤマナシ」
    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」