いわけんブログ

ホームいわけんブログ風景と樹木 第20話「モミジバフウ」

    ≪ 前のエントリー     次のエントリー ≫

  • 風景と樹木 第20話「モミジバフウ」

    2012年1月31日花林舎

    風景と樹木
    平成20年6月から「花林舎動物記」という楽しい動物のお話を読み切りで掲載しています。「花林舎動物記」とは、滝沢村にある(株)野田坂緑研究所発行(所長野田坂伸也氏)の会員限定情報誌「花林舎ガーデニング便り」の中で最も人気がある連載記事です。
    今月も『すこやかな暮らし発見、岩手から。「家と人。」』という雑誌から野田坂伸也氏の記事「風景と樹木」を転載させていただいきます。

    モミジバフウ

    モミジバフウの街路樹

    盛岡市の高松から松園ニュータウンに通ずる道路の両側に、どことなく異国風の雰囲気を持った街路樹が植えられている。樹形は、剪定のために変わってしまったものもあるが、きれいな円錐形で葉は密に隙間もなくついているので、少し重苦しささえ感じられる。樹高は8~10メートルである。ほとんどの木が旺盛な生育をしていてボリュームがある。

    今年ここを通りかかったのは11月の上旬だったが、ちょうど紅葉が始まっていて赤や黄色の葉がモザイクのように混じり合った木や、まだ緑色のままのもの、少し紫色に変わりつつある個体など様々な色が見られた。近寄ってみると葉はモミジの葉によく似ている。この木の名をモミジバフウというのはそのためである。

    モミジバフウは北アメリカ原産なので別名をアメリカフウともいう。自生地では樹高35~45メートルもの大木になるそうである。ただし、そのような大きさになるためには深くまで肥沃で、湿っているが排水良好な土が広がっている場所が必要である。若木の時は針葉樹のトドマツ、モミ、カラマツ、メタセコイヤなどに似たきれいな円錐形の樹形であるが、老齢になると丸みを帯びる。このような樹形の変化はカツラなどにも見られる。

    同属にタイワンフウという木があるが、これはやや耐寒性が弱いので主に関東以南で植えられている。タイワンフウの方が葉のつき方が少なく軽やかな印象を受ける。これも大木になる。台湾では若干標高の高いところの方が生育がよく、紅葉もきれいだそうである。

    この街路樹のモミジバフウは、私が小岩井農場の緑化部に勤務していた時に、当時の盛岡市の公園緑地課長に「何かこれまで植えられていない、魅力ある街路樹種がありませんか」と聞かれて、推薦した樹種である。東京で10年ほど暮らしている間に公園や住宅団地の緑地などで大きく育ったモミジバフウを見てその美しさに魅せられていたから、問われてすぐこの木が頭に浮かんだのであるが、たまたまその時小岩井農場の苗畑に100本以上の成木があったことも推薦した理由の一つであった。

    当時は全国的に緑地ブームが沸き起こっていて、それまで造園とは関係のなかった多くの企業が緑化工事や苗木の生産に参入してきたため、苗木の奪い合いの様相を呈した時期もあった。モミジバフウはそれまで東北地方ではほとんど植栽されておらず、寒冷地ではどの辺まで育つかも知られていなかったが、アメリカの本で自然分布を調べて岩手県でも生育できる、と判断して導入したのである。そして盛岡ではこのように支障なく育っているのであるが、実は小岩井農場では梢が寒さで少し傷む状態が続いていた。盛岡では育つのに小岩井農場では正常に育つことができない樹種があることはそれまでの何年かの経験で知っていた。例えば、ハナミズキ、サルスベリ、シャクナゲのいろいろな品種、ヒマラヤスギ、クルメツツジ、サツキ、アベリアなどがそうである。今私が住んでいるところと盛岡気象台における毎日の最低気温はラジオで聞いていると冬にはおよそ3度違う。小岩井農場の苗畑ではさらに1度くらい低いのではないだろうか。この違いによって、盛岡では育つが小岩井では育たないという樹種が生ずるのであろう。

    農場のモミジバフウ

    盛岡で街路樹のモミジバフウを見た次の日、所用で小岩井農場に行ったが農場の入り口付近で図らずもまたモミジバフウに出会った。道路から見ると3本くらいかな、と思われたがそばに行って数えてみると、被圧されて枯れかけているものもあるがちょうど10本で、やはり赤や黄に紅葉している木があるかと思うと、まだ緑のままの木もある。樹高は10メートル以上あり、盛岡の街路樹より大きい。それだけでなくここのモミジバフウは下枝が切られずに残っているので地際から枝がついていて樹形がとても美しい。街路樹や公園の木にはこのような樹形のものはめったに存在しない。ちょうど紅葉の時期でもあり、その美しさにしばし見とれてしまった。

    このモミジバフウは、南の方向から小岩井農場に入ってくる人がJR田沢湖線の跨線橋を渡り、右には牧草地、左には大きなカラマツの並木という風景の中を500メートルほど進むと右側の道路沿いに立っている。このあたり一帯はスギの造林地にされる予定であったが、農場の玄関口であることから、風景的配慮として落葉樹で大木になり、姿も美しい樹種を植えることにしたのである。


    モミジバフウ


    ところが同時に植えたカツラやトチノキは順調に育ち大きく伸びたのに、モミジバフウは冬が来ると梢が寒さのために枯れ、何年たっても2メートルほどのままだった。ここの気候に慣れてくれば伸び出すだろうと初めの数年間は楽観していたのであるが、いつまでたってもその繰り返しで大きくなる気配がなかった。小岩井農場を辞めた後も気になっていて通りかかるたびに見ていたが、植えてから約20年間は伸びては枯れることを繰り返していたのである。ところがはっきりは覚えていないが数年前に冬にも梢が枯れずに、その年初めて前年より大きく伸びたのに気がついた。その冬が特別暖かだったのかどうかも記憶にないがともかく伸びてくれたのである。私はもうすっかり諦めていたから嬉しいというより驚いてしまった。20年間も枯れ続けていた木がそのまま野垂れ死にしてしまわずに、ある年からまた伸び出すなんてことがあるのだ。何がこの木にそのような活力を与えたのであろう。私はこれまで40年以上木を植える仕事に携わってきたが、木の生命力というものについて知らないことがまだまだあるということを思い知らされたのである。

    今回、間近でしみじみと見上げてみて、伸び始めてから数年しかたっていないのにもうこんなに大きくなっていることに驚いた。1年で2メートルくらい伸びた計算になる。このまま伸びれば10年後には―そのころまではまだ私も生きていられるだろうが―30メートルになる。そこまでいかないとしても20メートルにはなるだろう。もっとも、そのころには今10本あるモミジバフウは5本くらいに減っているかもしれないが、それでもこの数本の異国の木が造り出す風景はここを通りかかる人々に強烈な印象を与えるであろう。特にこの木の特異な紅葉の時期には人々の視線はこの木に吸い寄せられるであろう。「おお、何だ、この大木は」と人々は叫ぶ。そしてもっとよく見ようとして車を止める。1年の内せいぜい10日ほどと期間は短いが農場の新名所になる、かもしれない。

    アメリカ原産の木がこんなに目立って、岩手の農場の入り口にそびえたっていることが気に食わない、という人もいるかもしれない。なぜ日本に自生する木をシンボルにしないのだ、と。しかし、小岩井農場の主産業である酪農は、もともと日本には存在しなかった産業である。異国の木が、農場の一つの姿としてあっても不都合ではない、と私は思う。



    「風景と樹木」バックナンバー

    第19話「ヒマラヤスギ」
    第18話「こぶし」
    第17話「盛南開発地区の伐採された大エゾエノキ」
    第16話「ヤマアラシ」
    第15話「ネムノキ」
    第14話「トチノキとマロニエ」
    第13話「シロヤナギ」
    第12話「オニグルミ」
    第11話「ヤマナシ」
    第10話「カツラ」
    第9話「ダケカンバ」
    第8話「ベニヤマザクラ」
    第7話「シンジュ」
    第6話「コナラ」
    第5話「ハリギリ」
    第3話「シナノキ」・第4話「カエデ類三種。」
    第1話「ケヤキとサツキの大罪 -その1-」・第2話「ケヤキとサツキの大罪 -その2-」