いわけんブログ
奥州支部~新年交賀会~
2014年1月22日 09:38奥州支部
第2回建設現場合同安全パトロール実施
2014年1月21日 17:11一関支部
新年交賀会を開催しました
2014年1月20日 20:52久慈支部
平成26年 新年交賀会開催!
2014年1月20日 19:50大船渡支部
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第5回)
2014年1月17日 15:43岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
"『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~"では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第5回は(株)青紀土木の萬 寛さんです。(株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん(40歳:震災当時)
《職種》指示役、作業員、重機オペレーター
《啓開作業時の作業内容》作業指揮者、指示役
「こういう職業だったので、私たちがやらなければという気持ちでした」―震災が起きた時の気持ちはどのようなものでしたか
津波を見たときは、もうだめかと思いました。「内陸で仕事をするようになるのでは」とも思いました。最初はどうしようもないという気持ちがありました。
本社が被災して、会社の重機もほとんど流されましたが、「会社をやりますから」と声が掛かりました。会社が動くのが早かったです。正直、半信半疑の気持ちもありましたが、4日目くらいから会社付近の片づけを始めました。―啓開等作業はどのような作業を行いましたか
1週間後に市民文化会館付近に入りました。既に片付いていた幹線道路の枝線を、移動しながらガレキ撤去の作業を行いました。道路が通ったあとは平田方面に移りました。
―作業を始めた時、どの様な思いが湧いてきましたか
こういう職業だったので、私たちがやらなければという気持ちでした。道路が寸断され、移動手段が徒歩しかなかったので一生懸命やるしかないと思いました。その反面、自分の家を含めて生まれ育ったところが津波に流されたので、そこを片付けたい気持ちもありました。
―作業するうえで、注意したことはありますか
毎日、作業場所の状況によって危険予知活動で対策を実施していました。電気が通った電線に接触しないよう、重機が作業員や一般車と接触しないよう気を配りました。
破傷風の心配から釘を踏まないよう、指示もありました。後に鉄板が入った靴が配られました。―余震のときの対応はどうでしたか
朝礼の時に逃げる場所を決めていました。余震で津波注意報が出た時には高台に逃げました。被災した時の経験上、車が渋滞すると逃げるのが大変なので、歩いて逃げました。とにかく高いところに逃げた方が間違いないと思います。被災時に現場にいましたが、現場の人たちを高いところに逃がして、幸いにも全員が無事でした。
―道路の場所はわかりましたか
釜石は建物が比較的残っていましたし、土地勘と記憶でだいたい分かりました。
―食事は取れていましたか
避難所から通っていたので食事はそちらから出ていました。
―疲れはありませんでしたか
疲れを感じないほど、一生懸命になっていました。地元の人たちに喜んでもらえるのが支えになりました。名前を覚えてもらったり、感謝の言葉を掛けられたりすることもありました。
―つらかったことはありますか
自分の家族を探している人に声を掛けられるときがありました。ご遺体が出てくることもありましたので、傷つけないように慎重に作業を進めていました。
―作業を振り返っての思いはありますか
片付いたときには達成感がありました。もし、他でこういうことがあったら、作業に携わりたい気持ちがあります。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/03/04_1755.html">第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/02/21_1742.html">第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん北上地区建設産業団体「合同新年交賀会」
2014年1月17日 14:15北上支部
第26回建設業経営者研修会・平成26年新年交賀会
2014年1月16日 10:00宮古支部
国道284号線「絆街道の灯り」電飾モニュメント
2014年1月15日 18:08千厩支部
平成26年新春講演会・新年交賀会
2014年1月15日 10:06盛岡支部
1月10日(金)盛岡グランドホテルで盛岡支部の新春講演会と新年交賀会が開催されました。
約90名参加の新春講演会では、盛岡広域振興局の三浦部長から「豪雨災害からの早期復旧を目指して」と題して、県の取り組み状況や今後の発注方針について講演がありました。
来年度の予算について「通常の90億に災害復旧費、繰越明許費を合わせて162億円余になる。」と説明しました。工事発注にあたっては「管内市町村と連携するほか、随意契約の方法も取り入れる予定であることから業界の皆さんにはぜひともご協力をお願いしたい。」と呼びかけました。
新春講演会に引き続き、当盛岡支部(盛岡地区建設協議会)盛岡市建設業協同組合の共催で約150名の関係者による新年交賀会が開催されました。
木下支部長、中村理事長の主催者挨拶のあと、千葉伝県議会議長、谷藤裕明盛岡市長、杉原永康盛岡広域振興局長の祝辞があり、大宮惇幸県議会副議長による乾杯で祝宴に入りました。
【木下支部長挨拶】
【中村理事長挨拶】
【千葉伝県議会議長祝辞】
【谷藤裕明盛岡市長祝辞】
【杉原永康盛岡広域振興局長祝辞】
【大宮惇幸県議会副議長乾杯】
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第4回)
2014年1月 9日 15:16岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
"『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~"では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第4回は佐野建設(株)の八重樫充さんです。
佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん(49 歳:震災当時)
《職種》現場主任・オペレーター
《啓開作業時の作業内容》指示役・オペレーター
「震災体験者として 記憶を伝えていく責任も」
―八重樫さんは、震災後どの段階から作業に入られたのですか。
当日は国道283 号で崖崩れが発生し通行止めになっていたため、土砂の撤去作業に当たりました。12 日から市街地のがれき撤去の準備に入り、本格的な現地作業は3~4日後。大渡町の「釜石のぞみ病院」付近から撤去を始め、途中から松原町周辺にも入りました。
―当初は情報伝達の手段も不十分な中、各自が判断を迫られる場面もあったのではないですか。
各自の勝手な判断で事故などを起こさないよう、一度作業を中断し、本部と相談しました。ある程度期間が経てば各自が判断できるようになりましたし、市役所の連絡員の方が建物の所有者と連絡を取りながら対応しました。
―道路なども、がれきに埋まっていたと思いますが。
私たちは地元の人間ですから土地勘もありますし、釜石の場合は鉄筋コンクリート造のビルや鉄橋などが残っていたので、それらを目印に作業を進めました。私の場合は地図を見るのが趣味ということもあり、被災前の道路の状況がある程度は頭の中に入っていたので、道路を探し出すのは難しいとは感じませんでした。
―余震も続きましたが、二次災害防止などに注意したことは。
作業前に避難場所を確認し、余震があった場合には重機・機械類を現場に置いて高台に避難するなどのルールを決めていました。重機に乗っていると小さい地震には気付き難いので、ラジオや携帯で災害情報をチェックし、実際に避難したこともあります。
3月末か4月の初めに、かなり大きな余震があり、一帯で作業している人や地元の人たちみんなで三陸鉄道の鉄橋の上まで避難しました。また建物を解体している際の余震で建物が崩れ、怖い思いをしたこともあります。解体作業中に屋根の瓦が落ちて重機のガラスを壊したり、建物が急に倒壊するケースもありました。
―精神的にも肉体的にも大変な時期が続いたのでは。
最初はとにかく気が張っていたので、精神的な疲れと緊張が先に立っていました。体の疲れはあまり感じませんでしたが、5月の連休時期を過ぎた辺りからは、作業に慣れてきたためか、体の疲れが一気に出てきました。
崩れた建物の中からご遺体を見つけた時も非常につらかったのですが、ご遺族の方からは感謝の言葉をかけていただきました。
消防団の方で、周りの人を避難誘導させている間に犠牲になられたそうです。ご遺族の方の中には、つらい記憶を忘れてしまいたいという思いがあるのかもしれません。しかし私自身は震災を体験した一人として、記憶の一部でも後世に伝えていく責任があるのかなと思っています。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん本年もよろしくお願いいたします
2014年1月 9日 10:40久慈支部
公共工事動向12月を更新しました
2014年1月 8日 16:52岩手県建設業協会
岩手県建設業協会ホームページ更新のお知らせです。
「各種情報」内の「東日本建設保証(株)岩手支店 提供資料」に東日本建設保証(株)岩手支店より情報提供頂いている公共工事動向(岩手県内12月版)を掲載しました。
↓PDFファイル↓
公共工事動向(岩手県内)12月版→ こちら(PDF)災害復旧左岸仮締切・浚渫工事安全祈願祭
2013年12月27日 13:22宮古支部
平成25年優良県営建設工事表彰式が開催されました。
2013年12月26日 16:05岩手県建設業協会
平成25年優良県営建設工事表彰式が12月25日(水)に盛岡地区合同庁舎で執り行われました。
今年度の受賞は、優良県営建設工事企業20社、下請負企業9社が栄えある表彰を受けました。
表彰式では 建産連宇部会長が祝辞を読み上げ、この表彰を契機に、より一層経営基盤の強化を図り、技術力の向上に努めてほしいと述べました。
表彰者一覧(当日資料)はコチラ
建産連宇部会長 祝辞
受賞者代表挨拶
優良県営建設工事表彰者
優良下請企業表彰者かっぱ工事隊がサンタクロース
2013年12月25日 13:35遠野支部
過日、遠野かっぱ工事隊が市内の土淵保育園を訪問した。
これは遠野市土渕バイパス(遠野かっぱロード)全線の開通を記念して行われた。
かっぱ工事隊長の佐々木氏は、昨年度の一部供用開始の時に、土淵保育園の子供たちにも一役かって戴いた事から、そのお礼としてサンタに扮して園児たちと交流を深かめた。12月25日遠野市土渕バイパス(遠野かっぱロード)全線の開通
式典 於 遠野土渕地区センター 10時
式辞 県南広域振興局長 遠藤達雄 様
祝辞 遠野市長 本田敏明 様
岩手県県議会議員 工藤勝子様現地セレモニー
国道340号線土渕バイパス終点付近にてテープカットくす玉開披が行われた。テープカット及びくす玉開披
左より市議新田議長・本田遠野市長・遠藤県南広域振興局長・工藤県議会議員
菊池地域作り協議会長
次に菊池協議会長の発声により万歳三唱した。
遠野土木センターのパトロール車に大久保所長様が搭乗、車列パレードで開通を祝った。この先の復興道路立丸峠の早期開通が望まれます。
一関市・平泉町に対し要望書提出
2013年12月20日 15:26一関支部
12月20日 一関市を訪問し、勝部市長へ岩手県建設業協会一関支部(佐々木一嘉支部長)と千厩支部(小山裕昭支部長)合同の平成26年度の予算編成にあたっての建設業産業振興対策に関する要望をいたしました。各支部役員計9名が出席
要望内容は4項目
1.公共事業関係予算の確保による雇用と地域経済の活性化及び市民生活の安全確保について
2.会員企業の評価による優先入札参加について
3.公共工事の適正な工期及び工事施工等の平準化
4.適切な予定価格の設定と低入札価格調査基準価格について
一関支部では、平泉町に訪問し菅原町長へ同様の要望を実施いたしました。
市町へ、特に公共工事施工の平準化、4月から7月にかけての端境期に資材、労働力の円滑な供給を図るため、発注の調整をしていただきたく強く要望。『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第3回)
2013年12月20日 09:19岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
"『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~"では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第3回は新光建設(株)工事課長 中村 明 さんです。
新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明 さん(51 歳:震災当時)
《職種》現場代理人統括
《啓開作業時の作業内容》指示役および全体の世話役
「家族が無事だったからこそ頑張らないと」
―震災発生直後の状況は。
3月11日は現場を担当していた奥州市胆沢区に出張中でした。地震の直後から4時頃までは携帯電話やメールがある程度使えたのですが、「釜石が大変なことになっている」という以上の状況は把握できませんでした。
当日中に釜石に帰りたかったのですが、道路が寸断されて通行できないとの情報があり、旧仙人道路経由で釜石に入ったのは3日後の14 日。支部事務所の先にある五ノ橋から先は自動車が通行止めでしたから、近くの空き地に車を止めさせてもらい、会社のある平田まで歩いて向かいました。
写真提供 新光建設(株)
―釜石入り後は、どのような業務に当たったのですか。
私は主に災害対策本部で全体の世話役を担当しました。お互いの状況把握と県から情報提供や指示の円滑な伝達のため、しっかりとした指示系統が必要でしたので、まずは各社の保有機械や人員の確認・分析をした上で、4月末には支部長をトップにする組織を立ち上げました。
クラスや企業ごとにそれぞれ人や機械の状況は異なるため、私を含み各地区から選任した世話役4人が全体的な課題の分析に当たり、各ブロックではブロック長が統括する形を取りました。私自身は、警察や県との打ち合わせがメインで、問題が出た場合に即時連絡できるよう、各ブロック長に加えて現場連絡員を配置しました。
―指示を出す際には、どのような点に留意されましたか。
行方不明者がまだ多くいたので、万が一にもご遺体を傷つけることがないよう、慎重に作業を進めてほしいということ。また作業場所の周辺にいる被災者の方に絶対に怪我をさせないよう注意しました。
お年寄りが重い荷物を持ちがれきの上を歩くような状況でしたから、道路がなければ食料や物資が避難所まで届けられません。とにかく一刻でも早く道路を啓開し、最低でも車1台分が通過できるルートを確保しようというのが一番でした。
―ご家族は心配されたのでは。
私の家族は全員無事だったので、安心して仕事に専念することができました。家族が行方不明という人が大勢いる中、家族が無事ということはそれだけで幸せなこと。だからこそ自分が頑張らないといけないと思っていました。
それでも避難所を回って行方不明の家族を探している人や、倒壊した家の前で泣いている人を見るのは、つらかったですね。私たちには道路を啓開するという明快な目標があったのですが、被災者の方の中には、魂が抜けたように町をさまよい歩いている人もいました。作業員の中には同じような境遇の人もおり、だからこそ「俺たちが何とかしなければならないな」という思いが強かったと思います。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん師走の風物詩 一関市大東町渋民のイルミネーション
2013年12月19日 14:27千厩支部
西和賀町へ要望書提出
2013年12月18日 13:29北上支部
12月5日(木)岩手県建設業協会北上支部の小原支部長とにしわが建設会の菅原会長が西和賀町湯田庁舎を訪れ、細井町長と高橋副町長に平成26年度予算編成にあったっての要望書を提出しました。要望内容は、適切な予定価格の設定など6項目。
同日、西和賀町社会福祉協議会湯田支所を訪れ、高橋武雄副会長にスノーバスターの活動資金(高齢者世帯等の除雪活動)として10万円を寄付しました。
同日、西和賀町長、副町長、幹部職員と北上支部の役員等で二期目の当選から間もない細井町長から町政の課題や抱負を講演いただき、意見交換をしました。
翌日、建設中の西和賀町立新病院の現場を見学し、降雪期に向かって様々な工夫をしながら行っている工事内容の説明を受け大変参考になりました。
『私たち、僕たち、頑張っています!』(第3回)建設業に従事する女性・若者インタビュー
2013年12月17日 11:27岩手県建設業協会
『私たち、僕たち、頑張っています!』では建設業に従事する女性及び若者の紹介記事を不定期に掲載致します。
建設業で頑張っている女性や若者を紹介することで、多くの方に建設業の魅力を知って頂きたいと思います。また、建設業に興味を持っている方、入職を希望される方が建設業について少しでも知って頂けるきっかけになれば幸いです。
第3回は、豊島建設 株式会社(大船渡市)の菊池信幸さんです。所属会社 : 豊島建設 株式会社(大船渡市)
氏 名 : 菊池 信幸 さん
職 種 : 技術者見習い
経験年数 : 2年7か月
仕事内容 : 測量手元・写真管理 他
<入職した動機、きっかけは?>
震災で甚大な被害を受けた大船渡市で、私は消防団員として活動する傍ら、捜索活動・ガレキ撤去に従事する建設会社の方々の姿を見ました。自分も微力ではあっても、一緒に地元の力になれれば・・・そんな思いを持ち、がれき撤去の作業員に申し込んだのがきっかけでした。
<仕事のやりがいは?>
自分が携わっている工事が完成し、世代を超えた多くの方々に利用され、喜んでもらえる日を思うと、とても心が躍ります。その日に向かって日々進んで行く工事現場で、チームの一員として働けることです。
<苦労していることは?>
土木工事に関しての段取り、手順、要領など覚えなければいけない事が沢山あり、経験の浅い自分には全てが初めて見る工事・工種で分からない事が大半です。一つ一つに指示・助言を受け、一つ一つを考え理解し、一つ一つを進めて行く、そんな勉強の毎日です。
<将来の目標は?>
経験と知識を積み重ね、必要な資格を取得し、様々な現場で活躍できる技術者を目指したいと思います。そして、土木工事を通じて地元に貢献していきたいです。
<上司から一言>
建設業に就きたい若い人が少ない中、震災を通し、この世界に入って来てくれた若者です。土木に興味を持ち、熱意をもって職務に励んでくれています。彼を一人前の技術者に育てることが、私の務めと思っています。これから忙しくなるので、一緒に頑張って行きましょう。
菊池さん、ありがとうございました。素晴らしい志を持って建設業界に入って頂いたことに感銘を受けました。とても前向きに取り組んでいる姿が印象的で、将来がとても楽しみです。
『私たち、僕たち、頑張っています!』では、会員企業の会社で働く女性・若者を募集しています。若者については概ね25歳以下の方でお願いします。技術者、技能者、運転手の方、職種は問いませんのでご協力をお願い致します。バックナンバー
第2回(13/11/15) 高田工業 株式会社(花巻市) 中村隼太さん
第1回(13/10/23) 株式会社 青紀土木(釜石市) 倉澤 久美さん
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