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『私たち、僕たち、頑張っています!』(第6回)建設業に従事する女性・若者インタビュー
2014年3月28日 18:20岩手県建設業協会
『私たち、僕たち、頑張っています!』では建設業に従事する女性及び若者の紹介記事を不定期に掲載致します。
建設業で頑張っている女性や若者を紹介することで、多くの方に建設業の魅力を知って頂きたいと思います。また、建設業に興味を持っている方、入職を希望される方が建設業について少しでも知って頂けるきっかけになれば幸いです。
第6回は、松田重機工業株式会社(遠野市)の八木 義行さんです。
所属会社:松田重機工業株式会社(遠野市)
氏 名:八木 義行さん
職 種:技術者(現場代理人)
経験年数:10年
仕事内容:現場管理全般
<入職した動機、きっかけは?>
幼い頃からバックホウ(ショベルカー)などの建設機械を見るのが好きで、建設業に興味があり、自分が好きな仕事をしたいと思ったからです。
<仕事のやりがいは?>
苦労して完成した現場ほど、達成感と無事に完了する事ができた「ホッとする気持ち」があり、とてもやりがいを感じます。
<苦労していることは?>
いかに現場を安全に、かつ早期に完成する為には、現場の段取り、手順、工法等を日々勉強しながら行っています。特に現場の段取りに苦労しています。
<将来の目標は?>
今年、1級土木の資格を取得しましたので、今後は1級舗装の資格取得を目指しながら、沿岸の復興に少しでも貢献できるよう頑張っていきたいと思っています。
<上司から一言>
何事にもコツコツと努力して毎年一歩ずつ、技術者として、現場代理人として成長しています。今年は1級土木施工管理技術者資格を取得し、更なる資格取得の挑戦をするということで本当に楽しみにしています。今後更に自分を磨いて会社のリーダーを目指して頑張ってください。
八木さん、ありがとうございました。子供のころから好きだった建設業で、やりがいを持って励んでいる姿がとても印象的です。更なる目標達成のために頑張って下さい。
『私たち、僕たち、頑張っています!』では、会員企業の会社で働く女性・若者を募集しています。
若者については概ね25歳以下(女性は年齢不問)の方でお願いします。技術者、技能者、運転手の方、職種は問いませんのでご協力をお願い致します。
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第5回(14/02/26) 株式会社 下河原組(盛岡市) 佐藤美由紀さん
第4回(14/01/29) 株式会社 佐々木組(一関市) 佐藤章さん
第3回(13/12/17) 豊島建設 株式会社(大船渡市) 菊池信幸さん
第2回(13/11/15) 高田工業 株式会社(花巻市) 中村隼太さん
第1回(13/10/23) 株式会社 青紀土木(釜石市) 倉澤久美さん『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第10回)
2014年3月21日 11:58岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第10回は三好建設(株)土木部次長の小川司さんです。三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん(46歳:震災当時)
《職種》現場技術者、現場代理人
《啓開作業時の作業内容》指示役
「地域とのコミュニケ―ションが大事だと感じました」
―震災発生直後の対応は
国交省との災害協定にもとづき、国道45号線金浜地区の閉鎖作業に向かいました。車が混んでいるなどしたため、なかなか現地に辿り着けませんでした。やっと到着した時には既に金浜地区が津波に飲み込まれ、近くの人たちが宮古道路に避難していました。倒壊した家から救助される人の姿を目の当たりにしました。
その状況を見たときは、正直、宮古・三陸は終わったなと思いました。―その後の対応は
震災2日後、県道重茂半島線里地区で、橋梁が流された現場の仮復旧に向かいました。橋の代わりに仮設盛土で道路を通す作業です。山田町側の浜川目も被災していたため、沿線の千鶏、石浜地区が完全に孤立していました。
小さい川でしたが、川に渡した丸太をつたって救援物資を運んでいる状態でした。自衛隊が大勢入っていて、横並びになって物資を手渡しで運んだことがありました。
「病院に早く行きたい」という高齢者の方もいて、一刻も早く通してあげたい気持ちでした。1週間で開通に至り、その後は重茂の里地区でガレキ撤去作業に入りました。―つらかったことはありますか
倒壊した家であっても生活感が残っていて、気を使いながら作業を進めました。「その下に大事なものがあるので見たい」など、家主の方から声を掛けられるので、出来る限り要望に応えました。
被災した同僚は家族を親せきに預け、取引先のリース会社の敷地に3坪ハウスを借りて現場に通っていました。その姿を見て、自分も頑張ろうという強い気持ちが生まれました。―厳しい状況の中でも作業が進められた要因は
地元の方に助けられました。余震が頻繁に来ていた時には避難する場所を教えてもらったり、逃げろと声を掛けられたりしました。漁協のスタンドから優先して燃料の供給を受け、食料が不足している時には炊き出しを譲って頂いたこともありました。まだまだ使えそうな漁具が散乱していましたが、作業優先で撤去するよう指示を頂きました。経路の段取りや地主さんへの声掛けもして頂きました。
「作業をしなければ次に進めないから」と前向きな言葉をいただきました。地元の協力があったからこそ、現場の裁量で作業を進めることが出来たと思っています。
今も重茂で災害復旧工事を行っていますが、顔を知っているので工事を進めやすいです。地域とのコミュニケ―ションが大事だと改めて感じました。―振り返ってみて、どの様な思いがありますか
孤立した地区に通じる仮設道路が開通する日、地域の人たちが待ち構えていました。車が絶え間なく通って、車の中のほっとした表情を見たとき、喜びが込み上げて来ました。自分達の仕事に誇りが持てました。
我々建設業は復興に向けてなくてはならない職業ですが、高齢化が進んでいます。若い人たちが誇りを持って頑張れるような職場にしたいです。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/03/04_1755.html">第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/02/21_1742.html">第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん3月11日「防災の日」における伝達訓練
2014年3月19日 09:08岩手県建設業協会
「情報化施工」に関する研修会を開催
2014年3月18日 18:10岩手県建設業協会
3月17日、広報委員会IT部会による「情報化施工」に関する研修会を開催しました。北海道で2009年から情報化施工の実績がある(株)砂子組より講師をお招きしました。
向井田副会長、東日本建設業保証(株) 高橋支店長の挨拶のあと、(株)砂子組 代表取締役 砂子邦弘様より挨拶を頂きました。
取締役土木部長 近藤里史様よる 「担い手育成のICT」と題した講演です。
魅力ある業態への変化や若手社員育成による経営改善など、担い手育成に向けた取組みの手段の1つとして情報化施工があるという趣旨のお話がありました。工事長 山本健一様による過去の現場での実践事例や検証結果についての講演です。
活用事例、測量機器の検証、費用対効果、工期短縮効果、3D-CADなどについて実践事例を用いて具体的にお話を頂きました。研修の後、ITコンサルタント 桃知利男様からは「とりあえずはこの巨大な動きの中で流れて、それ以上のスピードで流れていくことで独自性を保っていくことが一つの方法になるかもしれない(その2)。」と題して講演頂きました。
広報委員会IT部会では今回の研修会をきっかけとして、「情報化施工」に関する調査研究を進めて行くことにしております。ふるさとの記憶~いわて 失われた街 模型復元プロジェクト展~特別展
2014年3月12日 19:23岩手県建設業協会
「"ふるさとの記憶"~いわて 失われた街 模型復元プロジェクト展~特別展」がいわて県民情報交流センター アイーナで開催されています。3月16日(日)まで。
NHK盛岡放送局、「失われた街」模型復元プロジェクト実行委員会の主催です。
「失われた街」模型復元プロジェクトの活動は、「シリーズいわて"ふるさとの記憶"」としてNHKで10回シリーズで放送されました。
2011年、神戸大学の槻橋修研究室が全国の建築科学生に呼びかけたのがプロジェクトの始まりです。
建築を学ぶ大学生が震災前の航空写真を元に発泡スチロール製の模型を製作、地元の人たちが色を塗ったり、思い出を書き込んだパネルを立てたりして完成させた街の復元模型の展示です。
岩手県の陸前高田市、大船渡市、釜石市、大槌町、山田町、宮古市田老、岩泉町小本、田野畑村島越、田野畑村羅賀、野田村を復元した模型が並んでいました。宮城県気仙沼市、福島県浪江町の模型も展示されています。
模型の周りでは昔の記憶や思い出話を語る人たちが多くいらっしゃいました。被災前の暮らしや賑わいを感じることが出来る模型です。
以下、岩手県10地域の展示模型を写真で紹介します。
陸前高田市
高田高校
高田松原と市民球場
大船渡市
釜石市
会場で色を塗る方もいらっしゃいました。今現在も記憶の復元が続いています。
大槌町
4F展示会場
メッセージボード
5F展示会場
山田町
宮古市田老
岩泉町小本
田野畑村島越
田野畑村羅賀
野田村
桜の花や祭りの山車、色鮮やかな田畑などの風景が見事によみがえり、そこに暮らした方々の息遣いを感じるような温かみのある模型でした。防災の日にあたり(一般社団法人岩手県建設業協会 会長 宇部貞宏)
2014年3月11日 09:00岩手県建設業協会
東日本大震災は、本日3月11日をもって3年が経過いたしました。
この震災では会員企業の経営者や社員、家族など多くの人が犠牲になっておりますことから、協会といたしましては、震災の記憶を風化させないためにも、昨年2月26日の理事会において、3月11日を「岩手県建設業協会防災の日」と定めました。
震災の記憶を伝え、防災意識の高揚を図るとともに、県民の安全と安心を守る業界としての社会的責任を果たしていくためには、特に災害時における初期の対応を確実にする訓練が必要であります。
言うまでもなく、災害対応につきましては、災害の種類と規模、発生場所などに応じ、行政機関が立ち上げる災害対策本部との連携を図りながら活動することが求められるところであります。
個々の訓練については、協会単独の防災訓練、行政機関との合同防災訓練、建設企業が迅速な対応を図るための実践的な情報伝達訓練など多種多様でありますが、本年度も、情報伝達機器を使用した訓練を実施いたします。
本日の訓練は2日間に亘って行うこととし、数日間の段階的な対応を想定しておりますので、各支部の役員の皆様などの参加についてよろしくお願いいたします。
また、このたびステッカー「オール岩手で復興」を作成いたしましたので、会員の皆様には、建設事務所、建設機械、車両及びヘルメットに付けていただき、一致結束して1日も早い復興に向けて頑張って参りたいと考えておりますのでよろしくお願いいたします。
平成26年3月11日 /
一般社団法人岩手県建設業協会会長
宇部 貞宏 /「オール岩手」で復興へ ~工事現場での広報・啓蒙活動に係るステッカー等を配布~
2014年3月11日 08:53岩手県建設業協会
当協会は、東日本大震災から3年が経過することを契機として、「オール岩手で復興」ステッカー及びマグネットを全会員(549社)に配布しました。
配布するステッカー等は会員企業の工事現場などに貼付するものです。地元建設業者が「オール岩手」で復興に向かう意志を県民や行政に広くお伝えするとともに、建設業界自らが地元業者として「地域と共に歩む建設業」という意識の向上を図ることを目的としております。
建設業界は、県民の安全・安心のため、一日も早い復興に向けて業界を挙げて精励して参りました。復興事業推進にあたっては資材・労働力の不足やコスト高騰など、多くの課題に直面しております。
今年は県の復興計画における「本格復興期間」の初年度となることから、課題克服に向けて行政や関係機関等と建設業界が沿岸・内陸地域や業種の別なく「オール岩手」で連携強化を図る必要がございます。
今回のステッカー等配布は「オール岩手」で復興に歩む姿勢を改めて表明するものです。(ヘルメット用ステッカー、約12000枚配布)
(車両用マグネット、約3000枚配布)
(現場・会社掲示板用ステッカー、約3000枚配布)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第9回)
2014年3月10日 18:08岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
"『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~"では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第9回は大崎建設(株)の橘 良友さんです。
大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん(57歳:震災当時)
《職種》測量、現場管理
《啓開作業時の作業内容》指示役
「いまも残る、もやもやとした思い」―震災当日はどこで仕事をしていましたか。
その時間は宮古市磯鶏の現場にいました。地震の後の引き波で水位が50cmぐらいまで下がり、あとはあっという間。警備員さんたちと現場付近の法面に逃げて、最終的には海からの高さ20mぐらいまで避難したと思います。
組立歩道の下請け現場でしたが、あと三日で完成するはずの現場が津波で全部さらわれてしまいました。周りがすべて海になって、ガスと油と泥が混ざった臭いと、倒れた電信柱に引っ張られて電線が震える音がすごかったです。とにかく見ているだけで精一杯でした。―その日のうちに、田野畑まで戻れたのですか。
山側の道路を使って戻りましたが、途中、田老の市街地で火災が発生している様子が見えました。田野畑に着いたのは深夜の2時頃。会社に連絡してから仮眠を取って、はぐれた人を探すために翌朝4時には宮古に向かいました。
磯鶏のまち中では大きな船や家が道路の真ん中をふさぎ、沖の方には無人の船が漂っていました。改めて津波の恐ろしさを実感しました。田老の知人の様子も確認に行ったのですが、田老駅から先は道路がふさがっていて進むことができませんでした。―田野畑の啓開作業に入ったのはいつからですか。
確か3日目ぐらいだったと思います。私が入った現場は島の越、松前沢、島の沢などで、5社が共同で作業を進めました。
全体の指示役は佐藤建設常務の片座康行さんが務め、私は現地で作業をする人への指示や安全管理などを担当しました。役場の中だけで決定できないこともあるので、現地で確認した上で片座さんが役所と協議して現場に伝える形を取りました。―作業を進める上では、被災者への配慮も多かったのでは。
現金や貴重品は役所や警察に、また思い出の写真や記念の品などの大切なものは役場の窓口に届けました。ほかにも箱に入れて道ばたに置くなどして、心当たりがある人が持ち帰れるようにしましたが、いま思えばもっと残せる物があったかもしれません。
知人も多く被災しました。片付け難いという気持ちはありませんでしたが、位牌を探すときには一緒に手伝いました。これは重機というわけにはいきませんから、すべて手作業です。―つらかったことも多かったと思います。
知り合いではないのですが、若い夫婦が建てたばかりの家を解体するときは心が痛みました。被災された方と話すときには、傷付けることがないよう、明るくユーモアを持って話すように心掛けましたが、相手の心情を考えると難しいですよね。
―一連の作業が終わった時、どのような思いを持ちましたか。
私たちがしたことはがれきの片付けであり、ものづくりとは違います。確かに震災直後と比べればきれいになりましたが、心の中には空しさというか、もやもやとした思いが残っています。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/03/04_1755.html">第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/02/21_1742.html">第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん公共工事動向2月を更新しました
2014年3月 3日 18:32岩手県建設業協会
岩手県建設業協会ホームページ更新のお知らせです。
「各種情報」内の「東日本建設保証(株)岩手支店 提供資料」に東日本建設保証(株)岩手支店より情報提供頂いている公共工事動向(岩手県内2月版)を掲載しました。
↓PDFファイル↓
公共工事動向(岩手県内)2月版→ こちら(PDF)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第8回)
2014年2月28日 09:23岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
"『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~"では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第8回は工藤建設(株)土木部技士 西倉淳也さんです。工藤建設(株)(岩泉町) 土木部技士 西倉淳也さん(38歳:震災当時)
≪職種≫現場管理、オペレーター
≪啓開等作業時の作業内容≫指示役兼作業員
「ほぼ知っている人の家なので、撤去するときはやるせない思いでした」―震災発生直後の対応は
現場から会社に戻った時に地震が来ました。すぐに消防団として警戒に出動しましたが、会社が心配で戻ったところに津波が来ました。会社の脇を波が通り過ぎましたが、逃げて無事でした。翌日までは消防団として人命捜索を行いました。
―啓開作業はいつから従事しましたか
岩泉町の依頼で、13日から小本地区のガレキ撤去にあたりました。人員・機械の確保、段取りなど、管理が主な仕事でした。当初は連絡がつかず、4、5人でハサミ(フォーク)付きバックホウ2台、4tダンプで作業を始めました。
―ハサミ(フォーク)による作業は慣れていなかったのでは
熟練したオペレーターでしたので大丈夫でした。岩泉は林業が盛んなので、昔から林道工事などで木をつかむ仕事を経験していました。
―最初に現場を見たときの思いは
あまりの規模と範囲に愕然としました。道路に建物が密集していて、言葉がありませんでした。自分が生まれ育った地区がこんなことになって、一刻も早く復旧しなければと思いました。
建設業協会で災害応急対策業務・被災情報収集の体制を整えていたので、災害が起きたら自分達がやらなければという意識がありました。―作業中に注意したことは
今まで経験したことが無い作業でした。個人で判断せず、話し合いながら作業を進めました。最初は従業員の気合が入りすぎて無理をしていたので、抑えながら作業を進めました。
ガソリン、ガス類は簡単に引火するので慎重に作業しました。貴重品などを発見した場合、すぐに届けるよう徹底しました。―困ったことは
携帯が使えなかったので連絡員による人力の連絡でした。燃料が足りないため、思う様に動けない時期もありました。風で舞うホコリや腐敗臭が凄い中での作業でした。
―つらかったことは
ほぼ知っている人の家なので、撤去するときはやるせない思いでした。はじめは、言葉を交わすのもはばかれる状態でしたが、時間が経ってから感謝の言葉をかけてもらいました。また、「片付けなきゃどうにもならないから頑張っぺな」という声を聞いて、やる気が出ました。会社と地元の結びつきが震災前より深まったと思います。
子供のおもちゃなどの生活の断片が感じられる物が出てきた時は、つらい気持ちになりました。―振り返ってみての思いは
被災した方には申し訳ないですが、この様な体験をした世代として、作業方法や注意点などについて後世に残して行かなければならないと思いました。
壊したり、除去したりではなく、生みだす、つくる仕事を早くしたかったです。そして、改めてモノづくりの大切さ、壊れないような品質のモノを作らなければと強く思うようになりました。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/03/04_1755.html">第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/02/21_1742.html">第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん『私たち、僕たち、頑張っています!』(第5回)建設業に従事する女性・若者インタビュー
2014年2月26日 17:42岩手県建設業協会
『私たち、僕たち、頑張っています!』では建設業に従事する女性及び若者の紹介記事を不定期に掲載致します。
建設業で頑張っている女性や若者を紹介することで、多くの方に建設業の魅力を知って頂きたいと思います。また、建設業に興味を持っている方、入職を希望される方が建設業について少しでも知って頂けるきっかけになれば幸いです。
第5回は、株式会社 下河原組(盛岡市)の佐藤 美由紀さんです。所属会社 : 株式会社 下河原組(盛岡市)
氏 名 : 佐藤 美由紀さん
職 種 : 事務員
経験年数 : 15年
仕事内容 : 総務全般
<入職した動機、きっかけは?>
明確な理由は特にありませんが、なぜか高校の時から建設業に対する憧れや惹かれる部分がありました。そんな時に求人票をみて、「これは」と思いました。
<仕事のやりがいは?>
社員の皆さんから書類作成等を依頼され、終わった時に「ありがとう」や「助かりました」と言っていただいたときはうれしいですね。
<苦労していることは?>
実は、数字や計算があまり得意なほうではありません。
それと、こういうこと(インタビュー)も・・・。
<将来の目標は?>
資格取得に、挑戦します。
<上司から一言>
一生懸命頑張っている、うちのムードメーカーです。
佐藤さん、ありがとうございました。会社の皆さんから信頼され、頼りにされている様子が分かります。目標の資格取得に向けて頑張って下さい。
『私たち、僕たち、頑張っています!』では、会員企業の会社で働く女性・若者を募集しています。若者については概ね25歳以下(女性は年齢不問)の方でお願いします。技術者、技能者、運転手の方、職種は問いませんのでご協力をお願い致します。
バックナンバー
第4回(14/01/29) 株式会社 佐々木組(一関市) 佐藤 章さん
第3回(13/12/17) 豊島建設 株式会社(大船渡市) 菊池信幸さん
第2回(13/11/15) 高田工業 株式会社(花巻市) 中村隼太さん
第1回(13/10/23) 株式会社 青紀土木(釜石市) 倉澤 久美さん『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第7回)
2014年2月17日 18:43岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
"『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~"では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第7回は刈屋建設(株)五十嵐 和朗さんです。刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん(61 歳:震災当時)
《職種》現場管理
《啓開作業時の作業内容》指示役、重機オペレーター
「『がれき』と割り切れない人々の暮らした家」―震災直後にはどのような作業に携わったのですか
普段は現場管理を担当していますが、この時は緊急的にオペレーターとして道路啓開に当たりました。担当は市街地で国道106 号と45 号が交差する部分の周辺と、金浜地区です。
―実際の現場に入られたときの思いは
状況が理解できなかったです。想像を超えるというより、考えが及ばない状態。何がどうなっているのか飲み込めませんでした。
市役所の周辺では家屋が内陸側に流されていたので、バックホウで土砂をよける作業が中心でした。土砂で何も見えない中、行方不明者の生存を前提に動くので、万が一にも傷つけたりしないよう、細心の注意を払いながらの作業になります。悪いことばかりが頭をよぎり、一気に片付けるという訳にはいきませんでした。―余震も多かったですが、市街地の中の作業で、避難場所はどのようにしていたのですか
NTTの建物を避難場所に借りていましたので、何かあった場合はそこまで徒歩で移動することを決めていました。
―作業を進める上で苦労したことは
消防関係者の方が、事前に車や建物をチェックしてくれていましたが、車をどける時には中に残された人がいないか、細心の注意を払いました。
被災された方から「この車で家族が逃げたから、中に人がいるはずだ」と訴えられ、確認しても車内には誰もいないんです。それでも軽々しく「誰もいませんよ」とは言えませんから、本当につらかったですね。このようなことは何度もありましたし、実際にご遺体も見つけました。あとはやはり燃料の問題。これは本当に大変でした。―金浜方面にも入られたのですよね
市街地が予想以上に早くめどが付いたので、金浜の現場でも道路啓開に当たったのですが、こちらは本当に家屋が多かったです。道路も分からない状態で、またヘドロもひどかったですね。
家屋を解体しながら進めば良かったのでしょうが、許可がその日は下りませんでしたから、海側の堤防との間を何とか通りながら山田町側から迂回して現場に入りました。人が暮らしていた家がそのままの形で残っていて、とても「がれき」と割り切ることはできませんでした。―休みもなかったと思いますが、疲れはなかったですか
疲れたという感覚はなかったですね。これを使命感と言っていいのかどうかは分かりませんが、気が張っていたのだと思います。幸い食事については会社の方で炊き出しをして、社員が作業ポイントまでおにぎりを毎日届けに来てくれたので、困ることはなかったです。
―がれきが片付いたときに、どのような思いを持ちましたか
「道路は通った。しかし今後は一体どうなるのだろう」という思いでした。この先どのように地域を復活させていくのか心配が先に立ち、安堵感などは持てませんでした。これは今も変わっていません。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/03/04_1755.html">第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/02/21_1742.html">第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん建設業景況調査12月調査について
2014年2月10日 16:34岩手県建設業協会
岩手県建設業協会ホームページ更新のお知らせです。
東日本建設保証(株)岩手支店より情報提供頂いている建設業景況調査12月調査(平成25年度第3回、東日本大震災被災地版)を「各種情報」内の「東日本建設業保証(株)岩手支店提供資料」に掲載しました。
↓PDFファイル↓建設業景況調査(岩手県版)12月調査
調査結果(概要) → こちら(PDF)
データ表 → こちら(PDF)
建設業景況調査(東日本大震災被災地版)12月調査
調査結果(概要) → こちら(PDF)公共工事動向1月を更新しました
2014年2月10日 16:31岩手県建設業協会
岩手県建設業協会ホームページ更新のお知らせです。
「各種情報」内の「東日本建設保証(株)岩手支店 提供資料」に東日本建設保証(株)岩手支店より情報提供頂いている公共工事動向(岩手県内1月版)を掲載しました。
↓PDFファイル↓
公共工事動向(岩手県内)1月版→ こちら(PDF)
建設業の新たな取り組みが表彰されました
2014年2月10日 09:38岩手県建設業協会
岩手県建設業協会では、平成25年度建設業新分野・新事業発表フォーラムを岩手県・国土交通省東北地方整備局・建設業振興基金との共催で1月30日(金)に開催しました。
受賞企業は最優秀賞が2社(建設分野 株式会社オリテック21(盛岡市)、サービス関連分野 ACサカモト株式会社(盛岡市))、優秀賞が1社(環境リサイクル分野 株式会社平野組(一関市))となり、受賞者プレゼンテーションでは各事業紹介・始めた経緯・新分野に進出したことによる本業の効果など今後の課題を含めて発表しました。
基調講演では、ベアレン醸造所木村社長より、本来の取り組みのほか、東日本大震災後の沿岸被災地復興支援のために現地の関係者と協力して地元の食材とのコラボレーションなども積極的に開催している説明や「お客様のために」という姿勢など、起業後10年の取り組みの紹介となりました。
その他事業PRブース展示では、73社の建設企業の新分野事業の取り組み紹介のパネル展示を行いました。
ACサカモト 不動産業及び住宅関連事業
平野組 自然エネルギー事業
オリテック21 橋梁用排水装置関連事業平成17年度~25年度受賞企業パネル展示
ドラグショベルの運転操作を学習しました
2014年2月10日 09:33岩手県建設業協会
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第6回)
2014年2月 6日 18:56岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
"『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~"では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第6回は(株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格 さんです。(株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格 さん(46歳:震災当時)
《職種》経営者
《啓開作業時の作業内容》指示役およびオペレーター
「自分以外の苦しんでいる人のために」―震災発生時はどちらにいたのですか。
その時は社内にいました。水位が上がってきたので、屋根に上って海に飛び込む覚悟もしましたが、船や建物がものすごい勢いで流れてきて、とても飛び込める状況ではありませんでした。
タンクローリーは横転し、プロパンが爆発して火災が発生するなど、現実の世界とは思えない光景が広がっていました。津波が引いた隙を見て、途中泳いだりしながら自宅のある赤崎に帰れたのは深夜になってからです。―翌日から道路啓開に入ったのですか。
後ノ入川上流の治山工事現場が無事だったので、翌朝徒歩で向かい重機を確保しました。バックホウ3台のうち2台は社員が持ち出して自主的に作業に入っており、県道の大船渡綾里三陸線を社員は赤崎小学校の付近から太平洋セメント方面に、私は蛸の浦方面に向かって道路啓開を進めました。
体力的には相当消耗していたのですが、半日で人が往来し車1台がなんとか通れる程度の道を開けることができました。建物や船が道路をふさぎ、学校のグラウンドもめちゃくちゃになっており、作業中はただ悲しかったことを覚えています。―会社としてはどのような動きを。
気仙光陵支援学校付近にダンプや重機を置いている場所があり、そこに避難していた社員が市役所職員から道路啓開への協力を依頼されたそうです。そこから弊社と熊谷技工さんの社員が、一緒に市内のがれき撤去に向かいました。震災直後の主な作業場所は、国道45号沿いの加茂神社から大船渡駅裏までの区間です。
―会社を続けていくことに迷いは無かったのですか。
正直言って、会社の継続は無理だと思っていました。会社を続けることを決意したきっかけの一つは、社員が無事だったこと。そして地元がこのような状況のときにこそ、自分たちの力が必要とされていると考えたことです。最初はお金や将来の心配よりも、ただ無我夢中でしたね。
―震災を経て、社員さんたちに変化は見られましたか。
変な言い方かもしれませんが「真面目になった」という感じでしょうか。被災したり自宅を失った社員も多かったのですが、自分以外の苦しんでいる人のため何かをしなければならないという気持ちが強くなっていると思いますし、それが従来にも増して丁寧な仕事ぶりにもつながっているように見えます。
私たちは以前から地域社会の一員として取り組んできた自負はありますが、今回の震災を経て、自分たちのまちは自分たちが責任を持って復興させるという思いを強くしています。地域住民の方も、これまで以上に親しみを持って接してくれるようになったと感じています。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/03/04_1755.html">第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/02/21_1742.html">第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん『私たち、僕たち、頑張っています!』(第4回)建設業に従事する女性・若者インタビュー
2014年1月29日 08:37岩手県建設業協会
『私たち、僕たち、頑張っています!』では建設業に従事する女性及び若者の紹介記事を不定期に掲載致します。
建設業で頑張っている女性や若者を紹介することで、多くの方に建設業の魅力を知って頂きたいと思います。また、建設業に興味を持っている方、入職を希望される方が建設業について少しでも知って頂けるきっかけになれば幸いです。
第4回は、株式会社 佐々木組(一関市)の佐藤 章さんです。所属会社 : 株式会社 佐々木組(一関市)
氏 名 : 佐藤 章さん
職 種 : 技術員
経験年数 : 2年
仕事内容 : 測量、現場管理他 他
<入職した動機、きっかけは?>
この職業に幼いころから興味があり、高校で学んだことを自分が住んでいる地域で活かしたかったので、この仕事に就きました。
<仕事のやりがいは?>
自分が行っている作業で工事が少しずつ完成に近づいていることを自分の目で確認することができ、達成感があり、とてもやりがいがあります。
<苦労していることは?>
この仕事につき2年になりましたが、毎日学ぶことが多く、現場の方々に迷惑をかけてしまったことも多々ありました。もっと様々なことを早く覚えなければならないことが大変です。
<将来の目標は?>
今の目標は、様々な現場を経験して早く一人前になり、もっと地域に貢献できるようになることです。
<上司から一言>
今年で20歳になる期待の青年です。心身ともに健康で、多くの失敗を重ねながらも、より大きな成功を収められるよう、今後の活躍を願いながら後押ししたいと思います。
佐藤さん、ありがとうございました。前向き方なので、会社からの期待が大きいと思います。会社や地域の将来のために頑張って下さい。
『私たち、僕たち、頑張っています!』では、会員企業の会社で働く女性・若者を募集しています。若者については概ね25歳以下(女性は年齢不問)の方でお願いします。技術者、技能者、運転手の方、職種は問いませんのでご協力をお願い致します。
バックナンバー
第3回(13/12/17)豊島建設 株式会社(大船渡市)菊池信幸さん
第2回(13/11/15) 高田工業 株式会社(花巻市) 中村隼太さん
第1回(13/10/23) 株式会社 青紀土木(釜石市) 倉澤 久美さん平成25年度建設業新分野・新事業発表フォーラムを開催します
2014年1月27日 13:50岩手県建設業協会
岩手県建設業協会では岩手県と共催のもと平成26年1月30日(木)に平成25年度建設業新分野・新事業発表フォーラムをエスポワールいわて(盛岡市)で開催いたします。
本フォーラムは平成25年度建設業新分野進出等表彰事業に応募した企業が、新分野・新事業への進出、新技術・新工法の開発等への先進的・意欲的な取組みと認められた事業をPRし、製品・技術の活用を対外的にアピールするための催し事です。
今回は環境リサイクル分野1社、建設分野1社、サービス関連分野1社の3社が岩手県知事表彰式のほか、ベアレン醸造所の木村剛氏を迎えての基調講演、展示会場では平成17年度から今年度までの各社事業紹介をパネル展示いたします。
詳細は「こちら」の案内チラシご覧ください。
ぜひご参加頂きますようご案内いたします。日時:1月30日(木)13:10~16:00
場所:エスポワールいわて
フォーラム内容
1 岩手県知事表彰
2 基調講演 ベアレン醸造所
3 受賞者プレゼンテーション
1階イベントホール:パネル展示(平成17~25年度 73事業)
1階小会議室:経営指導コーディネーターによる無料経営相談開催案内・申込チラシはコチラ
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~(第5回)
2014年1月17日 15:43岩手県建設業協会
東日本大震災における道路啓開等作業従事者証言集
東日本大震災における被災現場の最前線で、地元建設業者は人命救助活動や道路啓開作業、応急・復旧作業などにあたりました。その活動は、震災当日から翌日にかけて始まっていました。
地元を熟知して、重機類を保有する地元建設業者は当初、緊急車両などの通行を確保する為の道路啓開作業(1車線だけでも通行できるようにする)が主な活動でした。行政や地元住民との信頼関係を築いていたことが迅速な活動につながりました。
"『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~"では、最前線で作業にあたった方々の「生の声」をお伝えします。建設業者が果たした役割について再確認するとともに、震災の実情を風化させないことを目的としております。
第5回は(株)青紀土木の萬 寛さんです。(株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん(40歳:震災当時)
《職種》指示役、作業員、重機オペレーター
《啓開作業時の作業内容》作業指揮者、指示役
「こういう職業だったので、私たちがやらなければという気持ちでした」―震災が起きた時の気持ちはどのようなものでしたか
津波を見たときは、もうだめかと思いました。「内陸で仕事をするようになるのでは」とも思いました。最初はどうしようもないという気持ちがありました。
本社が被災して、会社の重機もほとんど流されましたが、「会社をやりますから」と声が掛かりました。会社が動くのが早かったです。正直、半信半疑の気持ちもありましたが、4日目くらいから会社付近の片づけを始めました。―啓開等作業はどのような作業を行いましたか
1週間後に市民文化会館付近に入りました。既に片付いていた幹線道路の枝線を、移動しながらガレキ撤去の作業を行いました。道路が通ったあとは平田方面に移りました。
―作業を始めた時、どの様な思いが湧いてきましたか
こういう職業だったので、私たちがやらなければという気持ちでした。道路が寸断され、移動手段が徒歩しかなかったので一生懸命やるしかないと思いました。その反面、自分の家を含めて生まれ育ったところが津波に流されたので、そこを片付けたい気持ちもありました。
―作業するうえで、注意したことはありますか
毎日、作業場所の状況によって危険予知活動で対策を実施していました。電気が通った電線に接触しないよう、重機が作業員や一般車と接触しないよう気を配りました。
破傷風の心配から釘を踏まないよう、指示もありました。後に鉄板が入った靴が配られました。―余震のときの対応はどうでしたか
朝礼の時に逃げる場所を決めていました。余震で津波注意報が出た時には高台に逃げました。被災した時の経験上、車が渋滞すると逃げるのが大変なので、歩いて逃げました。とにかく高いところに逃げた方が間違いないと思います。被災時に現場にいましたが、現場の人たちを高いところに逃がして、幸いにも全員が無事でした。
―道路の場所はわかりましたか
釜石は建物が比較的残っていましたし、土地勘と記憶でだいたい分かりました。
―食事は取れていましたか
避難所から通っていたので食事はそちらから出ていました。
―疲れはありませんでしたか
疲れを感じないほど、一生懸命になっていました。地元の人たちに喜んでもらえるのが支えになりました。名前を覚えてもらったり、感謝の言葉を掛けられたりすることもありました。
―つらかったことはありますか
自分の家族を探している人に声を掛けられるときがありました。ご遺体が出てくることもありましたので、傷つけないように慎重に作業を進めていました。
―作業を振り返っての思いはありますか
片付いたときには達成感がありました。もし、他でこういうことがあったら、作業に携わりたい気持ちがあります。
(おわり)
『そのとき地元建設業は』~3.11東日本大震災、最前線の記憶~
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/03/04_1755.html">第38回(最終回) (株)山千(大槌町)代表取締役 山崎 真さん
href="https://www.iwaken.or.jp/info/2015/02/21_1742.html">第37回 (株)藤原組(大槌町)専務取締役 藤原 士さん
第36回 松村建設(株)(大槌町)土木部長 松村康文さん
第35回 (株)共立土木(陸前高田市)工事課長 鈴木正幸さん
第34回 (株)かねまつ建設(陸前高田市)取締役専務 菊池秀明さん
第33回 (株)長谷川建設(陸前高田市)営業部長 吉田昭彦さん
第32回 南建設(株)(軽米町)取締役社長室長 田中一也さん
第31回 (株)中舘建設(二戸市)土木部長 大鳥義博さん
第30回 成和建設(株)(花巻市)重機車両部執行役員部長 民部田正道さん
第29回 (株)小原建設(北上市)小田島愼さん
第28回 髙惣建設(株)(奥州市)高田営業所長 小野寺正晴さん
第27回 (株)山友建設(一関市)熊谷堅美さん
第26回 (株)山喜建設(一関市)三浦公夫さん
第25回 横田建設(株)(一関市)高田営業所長 新沼克則さん
第24回 鈴木工材(株)(一関市)菊地勝則さん
第23回 宇部建設(株)(一関市)工事副長 千田祐欣さん
第22回 (有)矢萩建設(一関市)重機主任 関村一男さん
第21回 吉田建設(株)(盛岡市)三浦一春さん
第20回 盛岡舗道(株)(盛岡市)機械係長 高橋直美さん
第19回 三陸土建(株)(盛岡市)伊藤成美さん
第18回 松田重機工業(株)(遠野市)重機部長 菊池隆悦さん
第17回 佐藤工業(株)(遠野市)飯森清幸さん
第16回 (株)テラ(遠野市)常務取締役 小笠原秀夫さん
第15回 (株)晴山石材建設(野田村)上川寿隆さん
第14回 (株)晴山組(野田村)山田 勉さん
第13回 兼田建設(株)(久慈市)大尻明男さん
第12回 佐藤建設(株)(田野畑村)常務取締役 片座康行さん
第11回 富山建設(有)(山田町)代表取締役 富山由光さん
第10回 三好建設(株)(宮古市)土木部次長 小川 司さん
第9回 大崎建設(株)(田野畑村)橘 良友さん
第8回 工藤建設(株)(岩泉町)土木部技士 西倉淳也さん
第7回 刈屋建設(株)(宮古市)五十嵐 和朗さん
第6回 (株)小松組(大船渡市)代表取締役 小松 格さん
第5回 (株)青紀土木(釜石市)萬 寛さん
第4回 佐野建設(株)(釜石市)八重樫充さん
第3回 新光建設(株)(釜石市)工事課長 中村 明さん
第2回 (株)中澤組(大船渡市)機材主任 霜山 隆さん
第1回 (有)熊谷技工(大船渡市)専務取締役 熊谷芳男さん
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